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広告代理店勤務、ロックミュージシャン(Blue Color Union)、ベイタウン中年バンド、2輪ライダー、数々の肩書きを持つNackyのセンスあるコラムを掲載。


Dreamland(最終章)

 25才の真冬、俺は弟が住んでいる街を訪ね、金沢にいた。上野駅から夜行寝台特急「北陸」号で、まだ暗い早朝の金沢駅に放り出された。ホームに降り立った瞬間、頬を切るような寒風と冷たい空気に、たまらず反対側のホームに停まっていた七尾線の4両編成の電車に飛び乗った。弟との待ち合わせは昼過ぎだったし、電車の中は暖かいしで、この電車で何処かに行ってみようと、眠い頭で考えていた。やがてけたたましい発車ベルが鳴ると、小学生的な色彩センスで悪趣味なカラーリングを施された電車は、モーターのうなりをあげてゆっくり走り出した。車内は朝練に向かう高校生達に占拠されており、やたらに真っ赤なほっぺたをした丸刈りの野球部員や、制服のスカートの下にエンジ色のジャージを履いたバレーボール部員を乗せ、ギャースカと賑やかに話し声が飛び交うまま、能登半島に向けてガタゴトと走り続けた。
 30分ほど走っただろうか、途中の駅で高校生が一斉に降りてしまい、その車両にはジジババが何人かと俺だけになった。時おり停車してドアが開くと冷気が流れ込んでくるが、シート下のヒーターに暖められ、途中に海をチラチラと見ながら、真冬の朝の光の中を電車はゴトゴトと走り続けた。眩しいはずなのに、朝日が頬に当るとまぶたがくっ付く。しばらく走ると「次は羽咋、羽咋、終点でございます」というアナウンスにハッとして飛び起きた。既に車内には俺一人となっており、やがて電車は枯れ野の中のポイントを斜めに渡り、終点の羽咋駅へと滑り込んだ。そしてそこは、絶望的なほど何も無い街だった。急行も停車するほど大きい駅のはずなのだが、真冬の朝のキラキラとした光の中、その街は朝っぱらから死んでいた。駅前には何処とも分からない行き先が書かれた無人の路線バスが1台、ガラガラとアイドリングしている。タクシー乗り場には見るからにヒマそうな客待ちタクシーが3台、朝のラッシュの時間帯だというに、行き交う人はまばらで、駅前にある小さな店は、全てシャッターが閉まったままだ。暖をとろうにも、朝食を摂ろうにも、とにかく店が開いていないのだ。そんな中「ようこそ海と寺の都市・羽咋へ」という大きなモニュメントが寂しげだった。
 駅前に、ふと「レンタルバイク・レンタサイクル」という看板を見つけ、サビが浮き出たシャッターをガシャガシャと叩いてみた。朝食途中だったのか、口をモグモグさせながら不機嫌に対応に出て来たババァは、俺が客だとわかると、突然にこやかに変身し、開店前ながら快くスクーターをレンタルしてくれた。それは、普段自分が好きで乗っているスポーツバイクとは違い、パワーも無くタイヤの空気も抜けかけた原チャリだったが、乾いた排気音をまきながら、俺を乗せて朝の海岸線に向かって走り出した。能登の真冬の朝の空気はイヤというほど冷たく、あまりの寒さで指先の感覚は無くなり、目には涙を浮かべ、耳と鼻はちぎれて飛んでいった。それでも、俺は井上靖の小説「北の海」の主人公・耕作のように、日本海沿いの小道を走り続けた。
 生まれて初めて見る冬の日本海は、見慣れた東京湾や房総の海とは、趣をまったく異にしていた。思ったより波は無く荒々しさこそ無いものの、こってりとした緑がかった海面の色や、見たこともない雲の形は、どことなく不安な気持ちにさせるには充分だった。車が1台しか通れないような小道は、左手に海を見ながらどこまでも続いていた。ひと気の無い漁村を超え、軽便鉄道の廃線跡をまたぎ、夏には海の家として使われているような、この場所に似つかわしくない寂れた白い洋館の庭先をかすめ、俺はどこまでも走り続けた。すると、突然視界が開け、そこには黄土色の美しく広い砂浜と、相変わらず不安な色をたたえた海原が広がっていた。おだやかな波が細かい砂に打ち寄せては引き、昇り始めた太陽が海面に反射する中、俺は二匹の子犬が自分に向かって駆け寄ってくるのを見た。転がるように走り寄ってきた、耳と鼻先が黒ずんだその子犬たちは、俺が何も食べられる物をもっていないと知ると、俺の手をかわるがわるペロペロと舐めて、再び転がるようにじゃれ合いながら走り去っていった。そしてその後を、まるで子犬の兄弟のように追いかける少女。そこには腐ったオトナ達の邪念など微塵も無く、陰謀が渦巻く都会の慌ただしさのカケラも無い、少女の純粋な心と小動物が触れ合う、おだやかな夢の国だった。
 俺がたどり着けたDreamlandは、この3回を含めて数回だけだ。だからこそ、こうしたまだ見ぬ世界を目指し、いつまでも走り続けるのだろう。そして、たとえジジィになっても、そうした心は決して忘れたくはない。

Nacky
2006年08月27日

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