「俺たち2」管理人による戯言
日記でもない、コラムでもない、単なる戯言。そんな感じ。
筆者は幕張ベイタウン在住のおやじ。結構、歳いってます。はい。
しばざ記
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誰もいない海
2008年1月1日 天津の城崎海水浴場

 
  ▲ 誕生寺 (天津小湊)
   
新年になってしまった。昨年の、というか、昨日ぎりぎりまで仕事していたので、新年という感じがまったくしない。実家の木更津で、ビールを飲みながら正月を迎え、そして、そのまま「朝まで生テレビ」を4時過ぎまで観たら、完全に初日の出を逃してしまった。いや、最初から見る気はなかった。昨年、猪苗代湖からの初日の出を見たから、いいやという思いも実はあった。元日の朝は物凄い冷え込むという天気予報もあったし。

ということで、元日の朝は9時過ぎに起きた。雑煮を食べ、のんびりしてから、家族揃って初詣。鴨川市の清澄寺と、誕生寺と、いずれも日蓮上人に縁のあるお寺巡り。日蓮上人は、安房小湊で生まれ(生誕の地が誕生寺となる)、12歳で清澄寺に出家。Wikipediaによると、”1233年(天福元年)に道善を師として、日蓮が入門する。”とある。清澄寺は日蓮が開山したと思っていたが、実はその以前から寺はあったし、古くは山岳信仰の対象で、771年に菩薩像が祭られていたというから、歴史は古い。

今、これを書いていて、ふと思ったのだが、12歳で日蓮が出家し、清澄山に登った1233年は今(2008年)から単純計算で775年前。結構、新しい人である。1282年、61歳で遷化(死去)されるが、714年前のこと。今、日本人男性の平均寿命は79歳と言われているので、その感覚で言うと10世代くらい前なのだ。千年という単位は凄いと思うけど、その手前って、案外身近な感じだ。

清澄山(寺)は年に一回は必ず行く天津の城崎海岸への通過点。今でもかなりの山奥の感じで、私の好きな寺社仏閣の中のランキングの上位に確実に入っている。本堂のある場所から、更に奥へ行くと、まばゆいばかりの太平洋が一望できる場所へ通じる。深山から一気に視界が開ける様が凄いのである。そこには白亜の仏舎利塔がある。

清澄山から降り、誕生寺に行く前に城崎海岸に寄ってみた。一番上の写真がそれ。誰もいなく、青く澄んでいて、夏の雰囲気と全然違う。しばし佇み、海を眺めていた。その後、遅めの昼食を摂り、渋滞していたので、1キロメートル手前でクルマを無料駐車場に入れ、歩いて誕生寺に。本日2箇所目の参拝をした。




左より 清澄寺の千年杉、清澄寺の山門、仏舎利塔、誕生寺の山門、日蓮上人の12歳の像。
クリックすると、画像が大きくなります、って、ウソ。面倒なので、また後で作ります。




左より、清澄山、小湊の千家での食事、誕生寺。




誕生寺から再び駐車場に戻る。
夕闇の迫る海岸。
左側の大きな建物はホテル三日月。

ところで、タイトルの「誰もいない海」で、南沙織を思い浮かべる人は私と同世代。その後の森高千里を思い出す人は、比較的新しい人。両方ともなんのことだか分からない人は間違いなく平成生まれである。


*  *  *


- 追記 -
日蓮上人が新しい人という記述をしたが、日蓮宗が開かれた鎌倉時代は、栄西、法然、道元、一遍と日本の主な宗派が登場する時期でもあったのである。この辺りのことは中学か高校のときに習った筈である。まったく時系列で覚えていないということは、いかに私がちゃんと勉強していなかったという証明である。お恥ずかしい。だが、例えば、空海(弘法大師)の真言宗から見ると、日蓮宗は400年後、仏教伝来からは700年後ということで、やはり新しい宗派であることには違いない。

主な宗派の開祖と没年
最澄(天台宗) 822年没 *中国の天台宗はそのずっと前に開かれていた。
空海(真言宗) 835年没
栄西(臨済宗) 1215年没 *中国の臨済宗はそのずっと前に開かれていた。
法然(浄土宗) 1228年没
道元(曹洞宗) 1253年没
日蓮(日蓮宗) 1282年没
一遍(時宗) 1289年没

* 因みに仏教の始まりは紀元前5世紀。釈迦が仏滅した後、出家者集団による釈迦の言葉を集める作業から仏典が出来、伝承され、後に文字化されたものである。
* 日本への仏教伝来は、538年説と、552年説がある。


2008/1/1
しばざ記 380
 2008/1/3 記

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