俺達のコラム

 このページは、私と同じ屋根の下に暮らす、Pretty Ladyさん(と、いっても同じマンションの住民という意味)が執筆した「ときめき」というタイトルのメールを集めたものです。



ときめき(その7)

「そろそろ、歌うかな?」
「えっ」
「エディット・ピアフが出てくるかな?」
「何で、歌わなければならないのよ」
東京江東区下町の都営住宅の集会室のテーブルには、コルク付きのワインはほとんど数えるほどしかなく、自慢のラベル付きのワインがすでに空になってテーブルの隅に並べられている。皿に乗せられていたたものは何だったか、集まった人達の記憶には、もうほとんど無いだろう。あれは確かにおいしいシャンペンだった。午後1時から始まったパーティはシャンペンを開けて始まった。パーティに来なかった人のグラスに注がれたシャンペンがまだ残っていて、その人達の2杯のグラスも空にして、ディズニーの著作権問題をやっていたとかと言う、艶のある顔をした女の子に、「言うなれば、ディズニーは”まやかしの世界”の面白さね」とか、何とか、勝手なことを大きな声(なぜか私は、酔うと声が大きくなる)で言っては、「人生、楽しいことをどんどんやって、ワッハッハと笑って生きていれば良いの」等と、人生訓も付け加えていた。こういう大人、私大嫌いだったんだよね、昔は。

「ほら、おいしいワインがあって、チーズがあって、フランス人もいて、後はシャンソンだよ」
「止めてよ。何のために歌うのよ。私、歌をやめたのよ。もう、通訳だけをやっていくのよ」
「君のすばらしい歌を人に聞かせないの」
「だから、4月にベイタウンでやったじゃない」
「あれは、だめよ、失敗だよ」
「何ですって!!」
「だって、誰もアンコールしなかったじゃない」
「それは、日本人だからよ、後で"もっと聴きたかった"って言ってきたわよ」
こいつ、また始まった。上げたり、下げたり。いつもこうだ。いい加減にしろ。無性に腹が立ってきた。拳骨で背中をつついた。これだけじゃ足りない。

「私、帰る!」
「うん、帰りなさい」
こいつ、絶対負けない奴。

外はまだずいぶん明るい。時計を付けて出かけなかったので、時間が分からない。でも大して気になっているわけでもないから、わざわざ携帯をバックから出して時間をチェックしようともしない。もって出た小さな肩掛けバックがちょっと重い。昼過ぎに家を出てきた時、空を案じて傘も入れてきた。あいつ、大丈夫かな。財布は自分のポケットに入れているよね、きっと。

駅で招待人に案内されながら来た道を、記憶を辿りながら、新小岩の駅に向かう。そういえば、昨日近所の家でカラオケで集まったとき、やはり私が歌わなかったら、隣にいた弁護士が「臆病なんですね」って言っていたなぁ。確かにそうも言えるな。でもそれだけじゃないんだけれどね。この弁護士、観念的なところがかなりあって、それは結構当たっている場合が多いのだけれど、具体的で無い事があるなぁ。知っているのかな、越路吹雪がステージの前は眠れなくて、睡眠薬付けにするという事。尾藤功さんが、一緒に仕事をした時だって、どんなに頼まれてもカラオケで歌わないこと。臆病だけじゃないんだよね。完璧を願うのよ。自分に与えられた限界の中でね。
ここまでの基準にしたいという誇りがあるのよ。

足はどんどん、結構軽やかに進んでいる・・・・・突然、声がした。「ねえ、行って歌ったら」。あっ来た!・・・・・私が心底信じて、必ず従う神様の声。私のあごが上を向いた(そう感じたから、きっとそれまで俯き加減だっただろうな)。笑みが浮かんだ。私さっき、あのディズニーの女の子に「人生はお笑い」なんていってたよね。そうだよ、お笑いで良いんだ。また、あいつがあんなに歌って欲しがっている。
あいつがすごくしたがっている事、いつも一緒にしてあげると、結構面白かったものね。よし、戻ろう。

フランス人がいるそばで、フランス語で歌うの、気が引けるけど、まぁ、いいや。
やっちゃろ。でも「さっぱり、分からなかった」なんて言わないでね、と前置きして、伴奏がなくとも歌えそうな曲を選んだ。「ばら色の人生」。歌っている最中に人の顔が目に入ってくる。皆、真剣に聞いている。たった一人いた、キャーキャー耳に劈くような声で遊びまわっていた子供まで、じっと聴いている(見ている?)。フランス人の顔が気になった。なんだか真剣な眼差しで見ている。ああ、良いんだな。
ちょっと歌詞を間違えながらも、歌い終えた。ふー、終わった。大きな声で、ホールががどよめいた・・・ような気がした。「ブラボー!」「アンコール!」。これ、お愛想・・かな。「アンコール」が合唱になった。いいや、行っちゃえ。「愛の賛歌」?・・・いや、最近歌っていないから、歌詞を途中で忘れるわ。今度は、「あきれたあんた」を日本語で歌う。終わった。アンコールがもう無い。あまり良くなかったのかな。でもかなりの拍手。ふと、あいつの顔を見た。目を真っ赤にして泣いている。大げさなんだよね、こいつ。

宴会が続く。数人が寄ってきた。お礼や、コメントを言いに。あいつがしきりに聞く。「彼女の歌った2曲のうち、どちらが良かったですか」。あいつは「あきれあんた」といって欲しいらしいことは、ちゃんと見抜いている。実は私もそうなのだ。その人は、最初の歌だという。あれは声だけで、感情を込めるまで行っていなかったのに。がっかり。あいつは、どうしても2番目の歌が良いといって欲しいようだ。だから、しつこい。「2番目の歌は、身につまされたんです。男はやはり稼がなければならないのかなって」・・・・そうだったんだ。うれしかった。次の人がやってきた。
「僕は音楽はいろいろ聞きますけど、今日、こんなすばらしい歌が聴けて、今日のパーティに来たこと、大変得した気分になりました。」筑波から来たというこの人にも、あいつが聞く。「僕はフランス語を知らないので、やはり2番目の歌です。僕がそういう状況だって言うわけじゃないんですけれど、なんか心が熱くなって、ジーンとして、此処の所が(目の辺りを指差して)・・・・」 

「あきれたあんた」を伴奏も無いのに、感動させることができたんだ・・・・

あいつのお説教がその夜続いた。commodity(商品化)されたものだけがアーチストじゃない。君のアーチストとしての才能は、神様が与えてくれたもの。今までは、商品化しようとしてきたから、どこか緊張して思うように歌えなかったけれど、その呪縛から解放されたのだから、いつでもどこでも、気持ちがその気になったら歌って、人々に感動を与えてるんだよ。

・・・・・・・・・

神様が与えたものか・・・・テニスプレヤーのアガシの言葉を思い出した。ウィリアム姉妹の姉妹同士の試合は見たくない。あの二人の試合には、テニス以外のさまざまなことが付いてくる。神様から与えられたテニスをもっとrespectするべきだと思う、とか言っていた。

何かが目覚めたような気がした。人は皆、何かしら神様から与えられた、宝物があるけど、本当に結構出し惜しみしたり、あれやこれやと勝手に小さな頭の中に蓄えた自分の掟に金縛りになって、楽しくできるはずの人生を実現できないでいるものだな、って。

Pretty Lady
(2002/07/30)



ときめき(その2) 「ときめき#7の あとがき」

ときめき#7を送ったら、私の解釈が間違っていると、メールが来た。


「僕は君に歌って欲しいとは全然思っていない。なぜ歌わないのかなって思うだけなんだ。だって、それは神様からの君への使命なんだよ。自分に、自分の才能のOwnership(所有権)があると思っちゃいかん。君のものでなく、神様が君に与えた義務なんだよ。前世にこんな事は無かったかもしれないし、来世も、今の声ではないかもしれないし、環境も違うだろう。今歌うことは、今生で与えられた義務なんだよ。

「それから、もう一つ間違っている。僕が言ったのは、アーチストは決して商品化されないと、言ったんだよ。その時だけ使われて捨てられるものではないんだ。君は商品化されようとしてきたし、商品化される事で、アーチストとして認められるのだと、思い込んでいたけれど、そうじゃない。人を感動させる力のある人がアーチストなんだ。」

ふん、ふん、ふん、・・・・商品化、名声・・・これが多くの人達のゴールだったかな、結局。使われた後、ゴミ箱に投げられたときはつらいけれど、納得していれば良いんじゃないのかしらね。私も欲しかったけどな。このメールを読む、あちら側に、複数のアーチストがいる。2科会に向かってがんばっている画家、ジュリアードできたい上げたピアニスト、大台に入ったと言いながらミュージカルで今も頑張っている女優、自分の表現力を突き詰めてミュージカルを止めボーカルだけに転じた元ミュージカル女優、そして音楽が好きでたまらない面々と、それらを観に/聴きに、いそいそと出かけてきてくれる優しく楽しい人達・・・私、何が言いたくなったのかな???

つまり、みんな「自分自分」って言っているけれど、これって自分で選んだものじゃないんだよね。神様に持たされたものなんだよね。背の低さ、脚の太さ、脚の短さ、etc,etcと色々あるけれど、決して自分で選んだ物じゃないし、自分の行為の傾向、「業」と言うものも、人は決して選んでいない。全て持たされたもの。ある特定のものを持たされると言うことは、それを持って何かをしなさいと言う使命なのだろうね。この話、結構長くなるから、これくらいにしよう。次の「ときめき」はなんだろう?

Pretty Lady
(2002/08/01)


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