「俺たち2」管理人による戯言
日記でもない、コラムでもない、単なる戯言。そんな感じ。
筆者は幕張ベイタウン在住のおやじ。結構、歳いってます。はい。
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鉛色の空から
徒然に短編小説(って言ってもいいかな・・・いいとも!)を書いてみた。
暇だったら読んでけろ。


あれはみぞれの降りしきる底冷えのする日の午後だった。どこにも出かける用事が無くて、公団の共同住宅の部屋でごろごろしていた。突然私のケータイが鳴った。ディスプレイにはもう十年以上は会っていない小林真吾の名が表示されていた。表示するからには私が意識的に登録しているものの、しかしもう絶対に会うことも無いだろうと思っている古い友人である。彼は電話の向こうでかなり慌てていた。

「吉田か。俺だ。久しぶり。いや、きちんと挨拶している暇は無いんだ。大事なことを話したいんだ。ちょっと聞いてくれ。唐突だが、実は俺、今日にでも殺されると思う。おそらく自殺に見せかけてだ。あるいは事故に見せかけてかもしれない。いきなりで申し訳ないが、俺が死んだら、これから話すことを録音してそして警察にそれを届けてくれ。録音できるか?」

「ああ、ケータイに確かそういう機能があったと思う。ちょっと待ってくれ。今、セットしてみる。」

「早くしろ。すまんが時間が無いのだ。」

私は、そういう機能があるとは知っていても、まだ使ったことが無いので、あたふたとしながら、あれこれといじっていて、やっと要領を得た。その間約5分くらいはかかったと思う。

「なにやってんだ。遅すぎる。いいか、こうしている間にも奴らが俺の居場所を突き止めて殺しにやってくるんだ。実はな、俺はYダムの工事に絡む汚職の実態を掴んだのだ。重要な秘密を知ってしまったのだ。ほら、お前がまだうちのK建設にいた頃に上司だったS山部長。今は専務で、彼が首謀者だ。そして大物政治家のS谷が絡んでいる。そして背後には広域暴力団が・・・。俺はそれらの誰かに雇われた殺し屋に狙われているのだ。吉田、聞いてるか。」

「ああ、驚いているが、しっかり聞いているよ。」

「頼むから俺の声を、とにかく録音したものを警察に届けてくれ。証拠の品もある。証拠は俺の実家に隠してある。ついでにお前への報酬も現金で残してある。多少は危険が伴うかもしれないからな。謝礼としては少ないかもしれないが、しかし、大金であることは間違いない。但し、いいか、妻に半分渡してくれ。おそらく俺は背任かなにかの汚名を着せられ、殺されて、その後、俺の死体は自殺に見せかけるだろうから、家族が暮らしてゆけるような金は残せないと思う。だから、だから、その金を渡してほしいんだ。もちろん、金のことは警察に言うなよ。」

「ちょっと待った。小林、なんでお前が警察に電話しないんだ。俺に電話をしている暇があったら警察にダイレクトで電話して来てもらえばそれで済むことじゃないか。ひょっとして小林、その僕への報酬というのはまずい金なのでは?」

「それ以上言うな。察しの通りだ。今、警察には言えない。警察に知らせたら俺は助かるが、妻子が報復されるに決まっている。金も没収される。」

そして小林は私の相槌を全然待たずに矢継ぎ早に喋りまくっていた。私は呆然として聞いていた。そして、彼の端正な顔立ちを思い浮かべた。やや強引でしかし、要領が良くきっちりと出世していったあの頃も思い出した。今やK建設では実力ナンバーワンの座にいる。そして彼の妻、そう昔私の恋人だった知子の顔が浮かんできた。私から知子を、今電話の向こうで必死になって喋っている小林が奪ったのだ。そして私は仕事上の重大なミスの責任を押し付けられて会社を去った。

「どうやらここに殺し屋がやってきたようだ。録音は大丈夫だよな。俺は通話記録を消す。お前に電話したことが分からないようにだ。危険が及ぶとたいへんだからな。くれぐれもよろしく頼む。妻に愛してるよと伝えてくれ。それから子ども達にも伝えてくれ。パパはお前達のことが大好きだと。もっと一緒に・・・。では、吉田、後はお前に託した。色々あったけれど、俺を許してくれ。俺は今でもお前を親友だと思っている。」

そこまでで電話は切れた。私はずっとケータイを耳に当てたままで窓の外に降り続くみぞれを見ていた。時々風の向きが変わり、窓を目掛けて氷の粒が飛んできて張りついた。それはすぐに溶けて流れ落ちていった。悪い夢を見た後のような気分だった。あるいは悪い冗談なのだろう。正直言って小林がどうなろうと私は関係無い。少なくとも10年は縁が無かったのだ。しかし、知子のことは思い出したくなかった。その晩、酷く酒に酔った。気を失うように深い眠りに落ちた。

翌朝、いつものように会社に行った。そこはK建設とは比較にならないような小さな工務店だ。私は事務を担当していた。書棚から帳簿を取ろうとしたときに、同僚で社長の親戚筋の栄子が私に近づき、小声で「ねえ、吉田さん、K建設の小林さん、ほらあなたの元同僚だと言った人でしょ?あの人亡くなったのね。自殺だって。朝のニュースでやってたわよ。」と言った。私は後頭部を鈍器で思い切り殴られたようなショックを受け、その場に倒れそうになった。やっとの思いで、そばにあった椅子に座り、頭を抱えた。私を中心に世界がとんでもない速さで回り始めた。目が回った。私はどんどん重力が増してゆくその円の中心でどうすることも出来なくなった。

ひょっとするとほんの数秒だが意識を失っていたのかもしれない。栄子はそんな私を気の毒そうに見ながら、「そりゃショックでしょうね。お友達だったんでしょ?しかも、背任なんですって。会社のお金を何億も着服して、さすがに逃げられないと思ったんでしょうね。悪いことをするもんじゃないわよね。」と淡々と喋った。

「ど、どこで自殺をしたんだ。」私はそう答えるのが精一杯だった。

「うーん、確か軽井沢の別荘とか言ってたような気がする。首つりだって。やーよね、そんな自殺なんかするんだったらお金取らなきゃいいのにね。だって、立派な人だったし、そこそこお金もあったし、でもやっぱり人間って最後は欲に走るのかしら。」

人生、どこでどうなるのかさっぱり分からない。運命と言えばそれで片付けられてしまうのだろう。エリート街道をひたすら走り続けていた小林。誰もが彼の人生がそんな形で終わろうとは思っていなかった。彼本人だって、自分に災いが起きることをこれっぽちも予感していなかった筈だ。自分の未来はどこまでも明るく希望に満ち溢れていた。私の元恋人で才色兼備の知子と結婚し、そして三人の子宝に恵まれ、最近では武蔵小杉の近辺の大きな戸建ての住宅に引っ越したと聞いている。その一方で、挫折し、小さな工務店に勤め、四十過ぎても独身のこの私もまた望んだ人生では無かった。私は彼を恨んじゃいない。私は運が悪かったのだ。彼は良きライバルであって、そして私がたまたま負けて会社を去っただけに過ぎない。

彼の死から2年が経った。景気はあまり良くないが、私の周辺では、いわゆる平凡な日々が続いている。K建設のS山専務がどうしたという話もなければ、政治家のS谷が何かスキャンダラスなことを起こしたという話も一切無い。小林の死はまったく無駄だった。彼が死んでもK建設にはまったく影響が無かった。いや、むしろ、彼のポストを狙っていた者にとっては好都合だった。もちろん、将来を嘱望されていたエリート社員が会社の金を横領し、そして自殺するという事件は会社にとってマイナスの宣伝だった。だからと言って、K建設は少しも揺るぐことは無い。いったい彼の存在価値とは何だったのだろう。いや、いや、所詮一人の人間なんてそんなものなのだ。私がもし急死しても、栄子が私の穴を埋めてくれるだろう。誰も困る人間はいないのだ。

私は今知子と暮らしている。とても幸せだ。今の暮らしは、こつこつと地味に、そして真面目に生きていた報酬だと思っている。三人の子ども達はまだ私を父だとは認めてくれていないが、関係は極めて良好だ。じきに馴れる筈だ。一時私の周辺に怪しい者が訪れるようになったこともある。しかし、私が何もアクションを起こさないことで、安心したように、いつの間にかいなくなった。彼の最後の電話は確かに録音した。でも、過去の悪い思い出とともに消し去った。彼には申し訳ないけれど、私の人生を代償にしたくはない。彼が用意していた金は全て頂いた。彼が命を賭けて残した金だ。不思議なことに、その金の存在を問題視する者はいなかった。彼が横領した金は全て遊興費などで消えていることになっていた。関係者にとってそのほうが都合がいいのかもしれない。

おっと、でもその金を知子との生活にも使っているわけだから、彼の思いは酌んでいるつもりだ。彼も喜んでいるだろう。彼はきっとあの日までで一生分の運を全て使い果たしてしまったのだ。因果応報なのだ。人生、どこでどうなるのかさっぱり分からないものだ。私とて明日はどうなってしまうのか分からない。もしかしたらS山専務が金を取り返しに来るかもしれない。すると私はドラム缶にコンクリート詰めにされて東京湾に捨てられてしまうのだろうか。しかし、S山専務がそんなリスキーなことをすることは考えにくい。こうして寒い日に鉛色の空を見上げていると、これからの私の人生のことをあれこれと考えてしまう。おそらく一生安心できる日々はやってこないかもしれない。

(おわり)


*    *    *



[追記]

・この物語はフィクションです。
・Yダムは「八ツ場ダム」のことではありません。
・K建設は「鹿島建設」のことではありません。どちらかというと「K組」。
・一気に書き上げたので、「とほほ」な部分が色々あります。
・加筆修正しました。(2010.1.26)


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2010/1/20
しばざ記 791
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