還暦になっちまった老害予備軍による戯言
ブログ的なページですが、自分向けの備忘録の色合いが濃いです。すみません。
筆者は幕張在住のじじい。初老とは言いたくない。あくまでもじじいです。(笑)
しばざ記
しばざ記(最新インデックス) しばざ記(INDEX-50)  しばざ記・ブログ版  俺たちのHP(パート2)
「今日は雨 明日は登山」
よく降る雨だ。本当に明日は晴れるのだろうか。少し心配。さて、しっかりと準備しないとな。低山と言っても山は山だからね。寝不足にも注意だ。
スマホ版 = 


10月22日 金曜日

一日中雨の日は冷食のスパ。
これ、168円+税。
トレー付きなのが便利。
某イートインだとレンジが1800Wなので、僅か2分で調理完了。^^

明日は晴れるらしいけれど、この雨、登山に影響があるかな。



先日木更津のマックスバリューで買ったごぼうの揚げモチ。
密かにこれのファン。

あの茂原のあられちゃん家で売ってるやつだ。

また行きたいな、あられちゃん家。

こんなやつをツマミに、缶ビールを飲んでいたら、いつの間にか気絶するように寝ていた。
起きたのは23時過ぎ。

あらら、中途半端な時刻に起きてしまったわい。
少し仕事をする。
眠れなくなる。

うーむ、登山なのになあ。
心配。
心配だけど眠れない。



最近の軽が可愛い。
もう一度クルマを買う機会があれば、こういうやつかな。
いや、その前に免許返上かなあ。



2018年の今頃。
今は無き東京チカラメシのダブルハンバーグ定食。

ああ、懐かしい。
これ、そんなに旨くなかったのをはっきり覚えている。
まあ、食い応えがあったっすね。
しかもごはんおかわり自由だったし...。(笑)



ビビアンさん。
元気にしているだろうか。

2021.10.22

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- - -

というメールが来たっす。
でもワタシ、そもそもPayPayはやってないんですわ。
ごめんね。

2021.10.22

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岩殿山を登る


10月23日 土曜日

午前4時30分頃、藤田さんと中庭で待ち合わせ。
そして海浜幕張駅を目指して歩く。
駅で星野さんと合流して、一番列車に乗る予定。

だが、ちょいとハプニング。
藤田さんがスマホ内のSUIKAで"のんびりホリデーパス"を買ったものの、それが上手く行ってないみたいで、係の人に訊いたりしているうちに、一番列車は逃した。

ま、しかし、余裕だよね。
次ので十分。

その"のんびりホリデーパス"は、2,670円で区間内で乗り降り自由。
凄く便利なのだ。

今日は体力が余っていたら、大月から帰る時に中央線沿線のあちこちに、ちょこちょこ居酒屋などに立ち寄りながら帰るって作戦もアリ。
むしろそっちのほうが山登りよりも楽しみだったりして...。
いいや、そういうことは絶対にないです。
ご安心ください。

そうそう、今日はタイトルで分かってしまっているけれど、山梨県の大月市にある岩殿山へ行って登山をするのである。
標高がたかだか634m、そうスカイツリーと同じ高さなんだけど、侮ってはいけない。

岩殿山は、3年ぶりくらいかな。
藤田さんは初めて。
意外なことに星野さんも初めてだって。



東京駅に到着。
中央快速のホームへ地下一階からの長いエスカレーターを昇る。



八重洲のビル群が朝日に照らされている。



中央線に乗って、あっと言う間に終点高尾。
そこで、甲府行きの電車に乗り換え。

殆ど登山とかハイキングの人だな。



高尾駅のシンボル。
天狗です。



大月駅に到着。
連結部分が切り離される。

左は星野さん。

前半分の車両は河口湖へ。
後ろの何両かは甲府行き??
あれ?
大月止まりだったかな。
忘れた。



ホームから見える山々には雲がかかっていていい感じ。



出口に向かう横断橋の上からの景色。
あちらは笹子方面。

この辺りの山は稜線の勾配がキツイねえ。
それだけ魅力的な山容なのだ。



反対側のホームから、先ほどの電車。
まだいたのね。

んで、背後にそびえる山こそ目的地の岩殿山。
この写真で気づいた。



8時20分。
駅を出る。

眩しい太陽。
最高のコンディションだな。



大月駅。

背後の山は、後から知ったのだけど、岩殿山から稚児落としへの縦走の時に通るピークで、天神山という。
前回もそこを歩いたのだけど、今回初めて知った。



朝食に立ち食いそば。



かけそばと明太子ごはんにした。



駅前が更に賑わってきた。
タクシーで遠目の登山基点に向かう人もいるみたいね。

我々は少し南に歩き、国道20号沿いのデリヤマに立ち寄り、非常食のおにぎりを買う。
2個でいいかな。
それと、菓子を少々。
アルコールは買わない。



デリヤマから戻る時に駅の方向を眺める。
左奥に高い山。
なんだ、あの山は。

大菩薩嶺の方向だよね。
奥がまさにそれかな。

更に左の手前が鴈ヶ腹摺山かな。
ちょっとわからんが...。

最近、山から遠ざかっているから疎くなってるわ。
勘が鈍い。

さて、駅に向かいつつ、右に折れるひなびた商店街を歩き、いよいよ岩殿山へと向かう。



大月駅を西に見て、線路の北へ横断。

笹子方面の山々が凄い。

暫く車道を歩く。
そして、振り返ると...。



わー!
富士山だーっ!!!

素晴らしいっ!!

こうなると、もう早く岩殿山へ登りたくなる。
登山道は確かすぐ近くの筈。





ところが、ところが、登山道入口に来たら、な、なんと、途中までしか行けないことが判明。

この間の富山の時のように、途中でコースが崩壊しているらしい。

あー、ショック。



ケータイで撮影。
しかも、ケータイ、つまりスマホがおかしくなって、これ一枚撮るのに難儀した。

あ、別にカメラで撮ればいいんだけど、スマホで撮ってアップして自慢したかっただけ。(笑)

ま、そんなわけで、ショックなことに、岩殿山を半周した裏から登らなくてはならないことに...。

つまり、大月駅から見て、岩殿山の真裏から登るのだ。
うわー、最初っから心が折れるわ。

しかし、ここでくじけるわけにはゆかない。
とにかく歩くのだ。

因みに、左腿、右足首が痛いけれど、なんとかなりそうだ。
歩いているうちに左腿は麻痺してくる。
右の足首は、後半に痛くなりそうだ。

ま、なんとか持ってほしい。

あ、それと、メンタル面で、富士山が見えない歩きが暫く続くのがちょっと痛い。
岩殿山は通常の南側の登山道だと、殆どずっと富士を眺めながらの登山が出来る。



東方面の景色を眺めながら登山道入口を目指す。



ま、とにかくぶうぶう言いながらも反対側に到着。

北側の斜面ということもあるけれど、ちょっと暗いイメージ。
憂鬱になってしまいそう。



このカウンターを押して登山開始。

そして歩き始めるが、入口の陰湿なイメージとは異なり、ちゃんとした道で歩きやすい。
いい感じだ。

少し歩くと、道が二手に分かれていて、鬼の岩屋というのすぐ近くということで、寄ってみることに。



標識もしっかりしている。

これなら迷うこともない。





ここがその鬼の岩屋。

昔、罪人とかを閉じ込めていたりしたんじゃないかって感じ。
あと、追われている者が住んでいたとか。

ちょっと怖いね。



しかし、この明るさの藤田さん。

再び岩殿山を目指す。
まだまだ快調だが、上りだけだと辛いね。

ま、ゆっくりだからそんなに心臓が飛び出すほどの運動量ではない。
疲れたら休む。
それが鉄則。



こんな小さな祠もあった。
先ほどの分岐のところから3分ほどのところ。



そしてお参りする星野さん。
藤田さんのスマホより。



段々明るくなってきた。
稜線まで近いということ。

この場合の稜線、即ち、頂上。

余裕の表情の藤田さん。
ま、ワタシも同様だけどね。



最近標高の高い山にも果敢に挑戦している星野さんは、元気、元気。
彼はランニングもしているしね。
素晴らしいわ。



そしてここからひと登り...。
なんなく頂上へ。

いや、それでも、3回くらい小休止したよ。
もっとかな。



この電波塔のあるところが頂上だけど、もうひとつ頂上の標識が出ているところがある。
そこから50mくらい行ったところ。

この写真に写っている小柄な女性は単独行。
ベテランという感じ。

後で少しお話しさせてもらったが、稚児落としのほうは以前行ったので、今回は往かず、一旦ここから降りて違う山を目指すようなことを言っておられた。
なんだかすごいっすね。

因みにここに到着した時点で10時27分頃。
まだまだ一日は長い。



この標識に634mと書いたあるが、その下に烽火台と書いてある。

烽火台(ほうかだい)とは、のろしをあげた場所だって。
もちろん岩殿城のあった時代のこと。

藤田さん、靴の調子はどうっすか?
そうそ、藤田さんはこの登山の為に靴を新調。
ザックも新調したのである。

だから山にたくさん登らないとね。(笑)



小休止した後、前述の通り、もうひとつのピークのほうへ行くと賑わっている。
ここで大休止することに。
昼には早いけれど、デリヤマで買ったおにぎりを食べることに。

いや、そんな説明は後。
実は凄いドラマティックなビジュアルが広がっているのだ。



じゃじゃーん!!!
富士山である。

ずっと富士山を観ないで登ってきたから、凄く感動的な出会い。

あ、登山道に入る前に富士山見たね。そういえば...。
だが、こちらのほうが圧倒的に素晴らしよ。



うわ。凄い。登山道がくっきり見える。
これ、後で気づいた。
上の写真のトリミング版。



引きの写真も素晴らしいね。

これは藤田さんの撮影。



後ろに色々あって、頂上っぽくない写真だけど、一応、登頂記念。



ワタシのも。
いやぁ、それにしても爺さんだな、ワタシ。

ま、しょうがない。(笑)



これはどのタイミングで撮ったのか分からないけれど、今回唯一三人が同じフレームの中に入った写真。

本当はたまたまおられた方に、藤田さんがお願いして撮ってもらった写真がある筈なんだけどなあ。



頂上には次々に登山客がやってくる。

この団体さんの中でTシャツとショートパンツの男性はアメリカ人だったかな。



山頂まで登ってきて、いきなり将棋に興じる先輩方。
「これが楽しみなんで...。」と、時々泡の出る液体をぐびぐび〜〜。
いいなあ、こういう人。

さて、そろそろ稚児落としの方面へと向かう。
今日の登山のクライマックスはこれから訪れるのだ。



一旦本来の登山道へ降りる。

城門の跡。

少し下り、そして右に分岐する道へ入る。

ここからはどんどん下る。
せっかく登ったのに降りる感じ。
また登り直すのが大変だ。

途中、本来の登山道が崩壊していて回り込む場所があった。
その下りが極端。
鎖場になっていた。



慎重に降りる。

かなり標高を下げたところで、そこから登り直し。
そろそろ息が上がってきた。

頑張って、ピークに辿り着く。



天神山。

大月駅のほぼ後ろに見えていたあの山である。





天神山のすぐ近くに小さな祠。

ここは覚えてるぞ。

さて、また下り。
どんどん下る。
せっかく登ってきたのに...。

そしてところどころにやや危険個所。
再び上り。
そう思ったらまた下り。

また登りと、なかなかアップダウンが収まらない。

バテバテで、小休止を二回くらい。
もちろん、座らない。
座ってしまうと、その先が辛くなる。

そして遂に...。



おお、素晴らしい垂直の壁。

ここが稚児落とし。

武田勝頼軍が織田勢の追っ手を逃れる為にここを通り、泣く子で居場所を知られるように、ここから赤ん坊を落としたという悲しい場所。

敗走する武田の武士やその家族が浮かんでくる。
実際に、ここを敗走するのはかなり危険。

戦国時代は山の中を命からがら駆けるというのはそう珍しいことではない。
それにしても、手甲脚絆はあったにせよ、草鞋だからね、基本的に。
登山靴でも大変なのに、凄いことだよね。



岩壁の上に人の姿が...。



トリミングした絵がこれ。

わー、凄いスリリングなところにいるなあ。
気をつけて!!



絶景に感動している藤田さん。

でも、よろけて落ちたら大変。



そしてぐるっと回って、先ほどいた地点の90度違う場所へ。

ここからの岩壁も凄い迫力。
中央奥のこんもりしたピークは岩殿山。

しかし、あんなところに城があったなんて、やっぱ凄いわ。
凄いコストがかかるのにね。



二人ともこの景色に感動してくれました。



うわぁ。
ちょっとヤバくないっすか、これ。



星野さんのカメラ、発色がいいです。

さて、この稚児落としの迫力ある景観を堪能した後は、一気に下りです。
脚を滑らせないように注意しながら進む。

右の足首が痛くなってきたので余計に注意。
焦らずに下ります。

急速に高度を下げてゆくのだけど、やはり下りは早い。



ここまで来ればもう緩やかな下り。

三人で握手。
コロナ禍なのに。

ま、しかし、ここからまた駅までは結構歩くのだ。



先ほどまで歩いていた稜線を見上げる。

低山だけど標高差はそこそこ。



中央高速。
巨大な建造物だな。

この凄い奴が岩殿山にぶち当たる。
そこは岩盤をくりぬいた岩殿トンネル。

まさか小山田信茂もこうなっちゃうなんてまったく予知できなかっただろうな。



桂川に掛かる橋を渡る。



桂川から見る中央高速。
右が岩殿山。




民家のすぐ裏手にこんな岩の壁。

怖いよな。



大月駅のある高台まで来た。



中央線を跨ぐ歩道橋からの岩殿山。



途中、バテバテだったけれど、ここまで来たらまた元気になった。
早くビールが飲みたい!!



それにしても凄い山だな。
小山田氏が、勝頼一向の入城を拒まず、一緒に籠城して闘っていたら、織田軍もかなり苦戦したとは思う。



駅まで戻ってきた。

伊豆急行の始発駅。



こりゃ凄いわい。
初めて観る車両。



星野さんがアップしてくれた山行の地図。
クリックするとアップします。(という予定。現在はまだ施行前。)

2021.10.23

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ビールと”ほうとう”で打ち上げ


14時50分頃、つまり午後3時前に、この店で遅い昼食と軽く飲むことにした。

いくつかの店の中で、ここが”ほうとう”もあるし、いいかな、ってことでこの店をチョイス。
藤田さんがほうとうのボリュームに危惧していたけれど、この時点では腹ペコだしね、いいんかないかってことで...。

店は同じ店の中なんだけど、信玄餅を売っているお土産屋さんの二階。
結構賑わっている。

登山客もいるね。



まずは乾杯。

ああ、浸みる。



すぐにおかわり!!!

登山はこのビールの為にある。



甲州名物の鶏もつ。



これは”ほうとうチップス”。
藤田さんから貰った。

お、案外イケるね!!



さて、ほうとう。

わー、これは食べられるかな。
写真は凄いけれど、実物はたいしたことないっていうケースがよくあるが、これはほんと凄まじい。
ま、1,400円というお値段もさることながら、ちょっと無理しちゃったかなあ。



具材もたくさん。
もちろんカボチャもたくさん。

スープはでんぷん質でどろどろ。



麺を引き揚げるのがひと苦労。

うーむ。
なんとか食べ切った。

食べたはいいけれど、もう何も食べられない。
それどころか、歩くのも面倒。

泊まってゆきたい。

でも、頑張って、せっかく来たのだから、そして区間内フリーの切符だからどこかへ寄りたい。そして地元名物でちょいと一杯やりたい。

とりあえず重い足取りで相模湖まで行くことにした。
湖畔を少しだけ歩いて腹ごなしをしようという魂胆。

電車はいつものように人身事故で遅れていたが、それが逆に幸いしてとっくに出発していた電車にタイミング良く乗れた。
幸いって言ってると、人身事故を幸いと勘違いされる方もいるが、そういうのを上げ足取りと言うのですよ。気をつけてね、皆さん。あ、私が気をつけないといけないのか。

んで、相模湖駅までの僅かな間も寝てしまった。

駅を降りるとそろそろ暗くなりかけている。
足取りは重い。



17時8分頃。
相模湖畔に到着した時には既に日が沈んでいた。



少し寒くなってきた。



とりあえず景色を楽しむ。



つり舟屋はもう営業を終えている。



おや、遊覧船の船着き場はまだ営業中。
なんと、小屋そのものがCafeになっているようだ。

若い男女が渡っていった。
なるほど、こういうところで飲むのもオツだな。



ここは旅館も兼ねている。

うーむ、まだここで飲む気にはなれない。



なんと射的屋さんがある。
いいねえ。

で、ちょっとガラス越しに見ていたら、店のおやじが出てきて「やるんだったら入ってね。」と...。
つまり、「やらないんだったら覗くな!」ってことだね。

藤田さんが、「やらないですよ。」と言った。
そう、そういうこと。
覗かれたくないなら、曇りガラスにしろよ。

なんだかなあ。
愛想悪い店だ。



湖畔のファミマで改めて乾杯。



あ、これ、旨い。
でもやはり腹いっぱいに違いない。

今日はもう帰るか。
そうだな。疲れたし。

海浜幕張に着いたら飲めるようになるかもしれないし...。

相模湖から高尾、高尾から東京駅。

高尾からの中央快速に乗った瞬間に寝てしまった。
気がつくと東京駅。



20時18分。
海浜幕張駅前で乾杯。

お疲れ様でした。

ちょっとホルモン焼き屋にでも入ろうと思ったけれど、どこもいっぱい。

それと、時短解除は明日からで、殆どの店が20時閉店。



うん、これは旨いわ。

さて、名残惜しいが、星野さんとはバーミヤンの向かい側の舗道のところでお別れ。
またの登山の約束をして。

11月も12月も山に行きたいね。
11月は三つ峠か、それとも鋸山か。

今度はにいろさんも誘おうねとか、ミカワちゃんとか、コバマユちゃんも誘っちゃうとか、ま、楽しい計画はキリが無い。
ただ、11月、12月はライブもたくさんあってスケジュールは非常にタイト。



にいろさんがアップしていた写真。
にいろさんの故郷は鹿児島だったんだな。

富士山もいいけれど、桜島もいいねえ。



一方、今日はスウィングさきにて、クレージー4とアルマディーロお対バンライブだった。
登山とかちあっちゃって、行けなかったけれど、盛り上がったみたいね。



2016年10月24日
ジャズミー横丁。
ジャック天野さんの娘さん(西田早良さん)のバイオリンも素敵でした。

2021.10.23

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朝が寒い


10月24日

朝、びっくりするような寒さ。
昨日の登山による筋肉痛もなんのその、パートへ出かけたものの、もう一枚余計に着ないと寒いってことがわかった。

そうそう、昨夜は8月中旬に購入したエアコンで初の暖房。
温度設定がよくわからんかったが、23度くらいにしていたらいい感じだった。
そんな季節になったんだなとしみじみ思った次第。

昼は写真の海鮮丼を食べる。
さくら海老とシラス。



今日は二度目のキッチンカー「今ちゃん」の出店日。
寒い時期だからきっとカルボナーラうどんが美味しいのだけど、そう、美味しいのは分かってるんだけど、海鮮丼を食べてしまった。

なので、売上協力は来週ね。

でも、相変わらず人気みたい。



一段とイチョウの黄色が濃くなってきている。



2013年10月24日 ・
小雨の中、「ちばから」 (市原市役所近く)へ行きましたよ!!
写真、ピンを外してしまい、悔やし〜。
http://tabelog.com/chiba/A1206/A120601/12000912/

まさか、マスターが(今年)お亡くなりになってしまうとは。
そろそろまた行きたいなと思ってたのだけど...。



2021.10.24

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西村(康)さんの投稿


実家の方のストリートビューが新しくなってた。今年の6月か。

母が7月25日に逝去したが、まあ病みついてからの1年半はなかなか大変だった。いくつかの病気と怪我で入退院を繰り返したが、父がボケてきてるので一人になると食事の世話とか介護が必要になる。
せっかく二人とも介護認定取ったのに、二人とも福祉の世話はイヤだという。
母入院中の父の食事は、時期によって遠い親戚に面倒見てもらったり、デリバリーの弁当屋頼んだり、向かいのレストランにデリバリーをお願いしたりして乗り切った。

父は大事なことは大体おぼえてるんだけど、さっきのことがわからない。
母の入院中は最初2週間に1回帰省してたが、だんだん無理とわかって毎週帰省になった。
「オレの金、息子とヨメが全部持ってって暮らしていけない!」が始まっちゃったし(笑)

運悪くコロナ禍と重なって、帰っちゃいけないときにバンバン帰って周りには申し訳なかった。
ほとんどの人が事情を斟酌してくれるけど、たまにはイヤミの一つも言う人いて、こっちもキツいから内心(こんなクソ田舎、親がいなくなったら誰が帰ってくるか!)とか思ったりしてね(笑)
こっちが悪いから逆恨みなんだけど。

そんな時期だから、母の病院についても、ちゃんと先生と話しが出来たのは最初だけ。後はコロナで東京者は病院に近づいてもいけないとなった。
これは最後まできつかったですね。
母は最終的に癌の発見が遅れたんだけど、あれだけ通院や入退院してたのに発見遅れと言うのもなんだかなあと。自分が付き添えていたらと思わないでもないけど、しかたがない。

入院前にも東京者は会ったらダメだから、そこは人に頼んでおいて入院直後に戻って父の面倒見たり。
私が接触した後でも緊急入院はあったんだけど、隔離室でPCR検査して、先生も看護師さんも防護服フル装備になって、余計な迷惑をかけてしまう。
最後の引き取りも、深夜の臨終には別の人に行ってもらって、私は早朝の病院の搬出口の外で、ちょっと離れて待機とかね。

地元の親戚、近所の方々には、色々と世話になったし迷惑をかけて、帰るたびにあちこち頭を下げっぱなしだ。
母は父が心配なので、最後ギリギリまで家に居たいという考えだったからなるべくそうしたけど、福祉の世話にならずだと周りが大変よね。私も含めて。
もっとも、福祉の世話になるなら私が近づけなくなるし、私がいれば福祉関係者は近づけないというコロナ・ジレンマがあるんだけど。

母が最期に緊急搬送された日が、運悪く父母のワクチン接種2回目の予約日だった。
面倒みてくれてた人が、母に付きっ切りでワクチンどこじゃないから、もう父のワクチン2回目は無理なんでキャンセルしてもらった。私も東京から向かってたけど、どうせ私がいても病院もワクチン会場も近づいたらダメって言われるし。
ところが、ケアマネさんと善後策を話してると、父のワクチン2回目が終わってるかどうかで、その後の対応がまったく変わるといわれ、つまり施設入所なんかもワクチン2回が前提になってくるわけで。
だから、また人に頼んでキャンセルした父のワクチン予約を無理やり復活して連れてってもらったり、そんなのを東北新幹線のデッキで電話に張り付いてやってたな。
こういったことを、自分では一切できなく、誰かに頼まなくちゃいけないのがコロナのつらいところ。

葬儀後、母に頼りっきりだったボケ父は鬱にはいっちゃって、一人で暮らすのは無理なのは自覚してるんだけど、施設とか絶対イヤだし、もうオレは死んだ方がいいが始まっちゃって、刀があれば頸動脈切れるとずっと言ってて(笑)
まあ、死ぬ死ぬ言う人は実際は死なないし、自分としては今は息子に甘えてるだけで、最後はなんとかなるという気はしてたけど、一応、刀も包丁も刃物は全部隠したり捨てたり。
施設に入ってもらうにしても最後の説得は人まかせは無理だし自分でやるしかない。でも東京から来てる人はワクチン2回接種の上、地元で2週間待機してからじゃないと福祉機関にアクセス出来ない。

私は運よくモデルナ1回目は早めに打ててたが、2回目に合わせるために母の葬儀はその前日に詰めてもらった。
葬儀後の最終で東京に戻り、翌朝にモデルナ接種して仕事へ行き、その翌朝には車で実家に戻った。
もう、気合で(絶対発熱しない!)と根性入れたら、微熱で収まって本当に助かった。実家まで650キロくらい運転しないといけないから。

父の介護と母の事後整理をしながら設入所を待って、父は飯食わせたり風呂入れたりしてると機嫌が良いけど、この先施設に入るんだって思い出すと、もう死んだ方がいいが始まるし、なかなかでしたね。
幸い、うちは元々店舗なので、商売はとっくに廃業してても、寂しいからと言う理由で、ずっと店は開けている。
そうすると近所の婆さんとか寄ってくれて、色々父の相手はしてくれて、息子の言うこと聞けとか、福祉の世話にならなきゃダメだとか、色々説得してくれたり。
ただ、私が2週間待機を終えないとケアマネさんも来訪出来ないし、せっかく家の前がケアマネ事務所なのに、電話で相談するような感じで。
私は3週間以上仕事を休むことになるので、パソコン持ってって出来ることはやってたけど、まあボケ老人介護しながらって、普通の仕事は出来ないですよね。

2週間待機が終わって、父を連れて施設に入所前見学に行った。父は最後の抵抗をみせ、こんたらどごには入れないとか、もう死んだ方がいいとかはじまって、まあ大変。
民間のホステルみたいな施設で、普通の老人ホームよりは良さそうなところなんですけどね。
施設長も、入所されても、あまりに文句を言ったり、死ぬ死ぬと自殺願望があったりされると、周りへの悪影響もあって難しいですとおっしゃる。
そういった人が施設無理だとすると、次は精神病棟になっちゃうみたいなんですよ。最悪拘束でね。

ただ、私は息子の勘で、入所するまでは甘えて抵抗しても、入所してしまえばうまくやるような気がしていた。
母がいなくなって父が一番不安なのは3食くうことだから。
私が付きっ切りで飯の世話をしていても、時々不安になって「オレの晩飯はどうなるんだ?」って聞いて来たり。
施設に居れば、ともかく生活の不安がなくなる。風呂に入れるのだって、私より上手だろう。
入所日には一人じゃ不安なので親戚のおばさん頼んで、施設に向かった。東京からヘルプは呼べないんですよ。接触したらまた2週間待機になっちゃうから。
ベッドから見えるようにテレビをセットしてやったら、すぐドーンと寝っ転がって高校野球を見出した。

翌日は心配で一応待機してたけど、それ以上仕事休むのも限界なので、帰ってきた。
2,3日後に施設長と話したら、1日ですっかり馴染んでまったく問題ありません、と(笑)
なんだよ。

ま、これで良いとも思わないんだけど、これ以上は出来なかったな。
ある人に言われたけど、大きな選択を一気にすると言うよりは細かい選択を数多くすることになると。その通りでしたね。
両親が老いて、特に母が病みついてからの1年半は、自分が一緒に住んでいないという負い目もあったし、どういうタイミングで何から起こるかわからず、漠然とした大きな不安だけがあり、電話が鳴るたびにビクッとする生活で、そっちの方がきつかったかな。
事が起これば、もう走るしかない。
色々な方に相談したり愚痴を聞いてもらったりして、ありがとうございました。

ストリートビューをアップで見ると、父が座って店番をしている。顔は隠されてるけど。

- - - - -

そうだったのか。
お母さんが亡くなったのを直接お聴きしなかったからだけど、なんとなくそんな気がした。
謹んでお悔やみ申し上げます。

2021.10.24

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ヨーロッパの街並みのようなベイタウン。
周囲には、海があって緑豊かな畑がある恵まれた環境。
この立地を生かした街づくりを一緒に楽しみましょう。


幕張の都市の魅力、そして海と畑と、周囲の豊かな自然を満喫し、文化や情報と共有しましょう。誰でも講師。ご参加は自由。もちろん仲間になるのは無料です。各種講座、料理教室やミニコンサートのイベントを毎月開催する予定です。
ベイタウンぱれっと 代表  富木 毅
ベイタウンぱれっと・オフィシャルページ= http://www.oretachi.jp/palette/

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江戸の粋なおそば屋さんの代表格とも言える神田まつや監修による手折りめんのご紹介です。
乾麺ですから日持ちしますし、ご贈答にもぴったりです。乾麺といっても、茹で上がりはまるで生蕎麦。風味も喉越しも最高級です。神田まつやオリジナルのつゆ(缶)とセットで、3人前と6人前があります。そば通の方にも納得して頂けるはずです。

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2021/10/22〜24
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