小説 全国なんでもぶっ壊し選手権
zaki



全国のぶっ壊し野郎が一堂に会する超ビッグなイベント、「全国なんでもぶっ壊し選手権」がここ幕張メッセでまさに開催されようとしております。司会は私、玉置珍です。解説は21世紀のデストロイヤーこと草笛三太郎さんです。草笛さん、こんにちは。

「はいはい、こんにちはです。」

今日はどんなぶっ壊し野郎が登場するか、楽しみですねえ。

「そりゃそうですよ。なにしろ全国大会ですからね。今やこの千葉市幕張と言えば、ぶっ壊しのプロフェッショナルの憧れの地ですからねえ。当然、本選手権のレベルも年々アップしていると、かようになってます。」

まず、登場する方は、おやおや、ステージ上にグランドピアノが運ばれてきましたが、うーん、なにに使うのでしょうね。まさかこれをぶっ壊すってことはないでしょうね。

「いや、案外やっちゃうかもしれませんね。ほら、ご覧なさい、なにやら物騒な道具をたくさん持って選手が入場しましたよ。」

草笛さん、驚きました。えらい大きなハンマーと、あれはなんですかねえ。斧?斧ですよ。草笛さん、きっとあのグランドピアノをぶっ壊すんですかねえ。いや、いや、信じ難い。これは凄いことです。夢であってほしい。

「たぶん、有名な外国のメーカーでしょう。作りも良さそうですよ。きっとピアノが好きな方々には耐えられないでしょうね。しょっぱなからこんなことってあるのですかねえ。いや、驚きました。」

おお、今、ピアノの値段が表示されました。な、なんと5千万円です。明細書のコピーが大きくプロジェクターで映し出されております。しかも、こつこつ長年に渡り飲まず食わずで貯金し、やっとこさっとこ買った未使用のピアノだということです。驚きました。新品ですよ。道理でぴかぴかしているわけですね。

「この時点でポイントが高いですよ。」

おーっと、抗議の電話が殺到しております。もうここまで来ると、勿体無いの騒ぎではありませんね。即刻中止しろ、などと恫喝している者もいるらしいですよ。きっとピアノが好きな方なのでしょうか。いずれにしても狂気の沙汰。

「そりゃそうですよ。ピアノ好きにとっては、ピアノ命ですからねえ。ほんと無茶する。」

さて、抗議の電話の数は250本と集計が出ました。これは凄い。昨年の選手権の優勝の数値より高いですよ。こりゃ驚いたっ!今、出場者の情報が放送席に来ました。抗議の数があまりにも多いので、匿名にしてほしいということです。川崎市の馬場選手だということは、手もとの紙に書いてありますが、おっと、うっかり名前を言ってしまいました。しかしいずれは、暴徒に襲われてろくな死に方をしないとも限りませんので、しょうがないのではないでしょうか。お、おーっと!いきなり、馬場選手がピアノに飛び乗りました。そして斧を振り上げて・・・。

「いよいよやりますか。酷いですねえ。」

まったく。おおおお、斧を振り降ろしたぁぁぁぁぁあああっ!まったく凄いことになってます。ピアノの天板というのでしょうか。大きな蓋のようなものの中心に斧が刺さります。うわあ、そして何度も何度も振り降ろされてます。草笛さん、これは酷い。

「いやほんとです。ぴかぴかに磨き込まれた漆黒のボディがどんどん崩れてゆきますね。」

今度は一旦ピアノから飛び降り、鍵盤目掛けて大きなハンマーが打ち込まれた。うわあ、凄い音。ピアノが悲鳴を上げてます。

「いいですねえ。審査員からのポイントがぐんぐん上昇しています。」

インパクトといい、無残さといい、審査員も興奮しているのでしょうね。めりめり、ばきばきと音を立て、ピアノが壊れてゆいます。それにしても恐るべし。ショパンやベートーベンが生きていて、この光景を目の当たりにしたらなんと言うでしょうか。まさに、まさに神をも恐れない凶行であります。おーっと、鍵盤の白いのや黒いのが飛び散ってます。凄い凄い。お、今度は脚の部分を鋸で切り始めたか?

「崩しにかかってますね。サイズを少しコンパクトにしてから本体をめちゃめちゃにする気でしょう。」

ああっ!一本の脚が傾いている。んっ?これは、どうした、馬場の動きが一瞬止まった。おーっと、途中でやめて本体をハンマーで殴り始めたっ!凄い、凄い見事に壊れてゆきます。おお、ピアノ線が何本か吹っ飛んだか!?まさにピアノの断末魔。一度も使われないまま葬り去られようとしている。ん?追加情報が入りました。おお、草笛さん、なんとローンが半分ほど残ってますよ。

「それは、また大きな賭けに出ましたね。残りの人生で返せるかどうか。」

ですよね。背景が分かるほど鬼気迫るものを感じます。しかし、ずいぶんと大きなハンマーですね。

「杭打ち用のでしょ。おそらく。」

おーっと、物凄い音を立ててピアノが崩れてゆきます。これは恐ろしいことですよね。

「鬼ですね。犬畜生にも劣る。ここまで馬場選手を駆り立てるものを知りたい。」

草笛さんが鬼と言った!間違いなく鬼です。異常です。そして会場からも悲鳴が轟いています。前回大会で優勝したフェラーリの新車壊しといい、どうも金額が張るものがターゲットにされてます。このあたりはいかがでしょうか。

「確かに前回のもインパクトがありましたが、今回はアカデミックであり、図体はでかいが、ある意味華奢であるというところがポイントです。馬場選手、考えましたね。」

あのう、馬場選手という名前を連呼しないでくださいよ。うっかり言っちゃったからしょうがないんですけど、いちおう匿名ですからねえ。さて、毎回、凄い壊しがお楽しみ頂ける「全国なんでもぶっ壊し選手権」なんですが、全国放送に加えて今年から海外にも放送されています。提供スポンサーは「全国よろずリサイクル推進協議会」です。

「世界にも放送されているのですな。それは初めて聞いた。すると、解説者のギャラも上がるってことですな。」

いや、それはどうか分かりません。とにかく、皆さまからの「壊し」を募集しております。前々回でしたっけ?3年かけて開発したプログラムを一瞬のうちにデリートした、って、こういうものもいいんですよね。

「いいのですが、あれはプログラムの内容を披露するのに20分くらいかけましたから、あんまりインパクトは無かったですね。」

その後、出場者は首を吊って死んでしまったんですよね。確か。

「そうです。気持ちは分かりますが、死んでしまっては意味がありません。また、同じ大会で3カ月かかって完成したボトルシップを叩きつけて壊すというのもありましたが、ボトルシップを作る時の大変さがあまり伝わってこなかったですね。ま、その辺りはアイディアの世界ですからね。いかに心に響いてくるかが問題なのです。」

しかし、考え過ぎというのも困りますよねえ。とにかく、ご家庭にあるもの、なんでもいいですから、とことん壊してください。但し、ですよ。法に触れることは絶対にやめてください。動物虐待も駄目です。

「そう。家に火をつけるなんてことはご法度ですよ。」

その通りです。ルールをきちんと守れる方だけ「全国なんでもぶっ壊し選手権」にどうぞご応募ください。優勝者には全国どこでも使える粗大ごみ無料廃棄券10回分です。

「それは豪華ですね。これだけ世の中にごみが溢れてますと、捨てるに捨てられないですからね。私が欲しいくらいですよ。」

おっと、草笛さん、本音が出ましたね。おおおお、草笛さん。こりゃまた凄いことが起きそうですよ。うわ〜、なんじゃこりゃ。

「番線カッターですね。ああ、ピアノ線を切ってる。」

これはたまりません。ピアノのやつもこれで観念したでしょう。

「いや、とっくに観念してるでしょう。むしろ、こうなっちゃったらどうしようもないですな。」

ああっ!再びハンマーを持った。不敵な笑いを浮かべて馬場が立ち尽くします。もうすっかりピアノは原形をとどめておりません。このピアノを一生懸命、丹精を込めて作り上げた職人の魂を完全に裏切る行為でもあります。ここ幕張メッセの観客も固唾を飲んで出場者の次の行動に注目しております。草笛さん、馬場選手は一旦動きを止めましたが、これからいったいどうする気でしょうね。おおっと、放送席を睨んでいます。どうしたのでしょう。草笛さん、なにか私が悪いこと言ったでしょうか。

「きっと名前を言ってしまったからじゃないでしょうか。あれはよくないですよ。あんた、謝ったほうがいい。」

な、なんと草笛さん。そりゃ、ひどい。そりゃ、私にも責任がありますが、あくまでうっかりですからねえ。草笛さんこそ、連呼していたじゃないですか。

「私は一回だけですよ。連呼なんて失礼な。」

ああーっ!そこまで言いますか!?ずるいです、ずるいです。はっきり言って卑怯です。

「卑怯ったって、あんたは司会者なんだから、ほれ、実況を続けてろって言うの!」

なんてことを!皆さん、お聞きになりましたでしょうか。これはまったくもって酷い言葉を草笛さんが私に吐いております。全国1000万人の「ぶっ壊し」ファンの憧れである草笛さんがです。まったく驚きを禁じ得ません。おお、そうこう言ってる場合じゃありません。草笛さん、馬場選手が、いや、匿名の選手が放送席に近づいてます。草笛さん、ハンマーを持ってますよ。

「これは危険ですねえ。覆面をしているので顔の大半が見えないですけど、怒ってますよ。」

怒ってます。怒ってます。目尻がきゅーっと釣り上がってます。間違い無く怒ってますねえ。おおっと、我々の前に立ちはだかりました。おお、ハンマーを振り上げた。まさか、我々に振り落とすなんてことをしないでしょうね。草笛さん、いかがでしょう。

「ま、ま、ま、待って、待ちたまえ、話せばわかる。君っ、そのハンマーを振り落としたら、一発で頭蓋骨が砕け、即死だよ。それはルール違反だ。」

おっと、草笛さんが余計なことを言ってしまったので、馬場選手、もとい匿名選手は完全に草笛さんの頭を捉えてますね。いや、これはまいった。当然ながら、このチャンスに私は逃げたいのでありますが、足が竦んでおりまして、動けません。これは困った。さあ、どうなることか。草笛さん、大丈夫ですか。

「いや、大丈夫なことはありません。怖いです。」

ざまあないですね。さて、警察とかはどうなっているのでしょう。せめて会場に警備員がいると思うのですが。

「早くなんとかしたまえ。これじゃ、私はヤラレテしまう。こいつは異常な奴だ。早く、誰でもいいから、助けてくれ。おい、それより馬場っ!貴様、まさか本気じゃないだろうな。それを振り降ろしたら貴様は犯罪者だ。刑務所にぶち込まれ、へたすると死刑だぞ。分かったか。分かったら早くピアノのところへ戻れ。さもないと・・・。」

おーっと、草笛さん、「さもないと」の次の言葉が出てこない。どうしたのでしょう。観念したのか。それとも・・・。ああ、みっともない。泣いてます。泣いてます。草笛さんが泣いてます。これは驚いた。相手を脅したかと思ったら、なんと弱いのでありましょうか。まあ、人間誰しもがこういう状況になればパニクるのは良く分かるのではありますが、まさかその名も高い「ぶっ壊し」の草笛三太郎さんがこれほど泣き虫だとは思いませんでした。私の隣でめそめそ泣いております。情けない。口惜しい。往生際が悪い。早く死んでしまえ。ああ、ちょっと、ちょっと。それはないでしょ。おっと、皆さん、今度は私の頭が狙われます。私の頭上に高々と振り上げられたハンマー。金づちを物凄くどでかくしたようなハンマーです。これはいけません。いけません。ちょ、ちょっとぉ!やめてちょうだい。それは、だめ、だめ、だめです。よしなさい。ああ、うそでしょう!どっきりカメラだって言って。ほら、きっと、いきなりヘルメットの人が出てきて、「どっきり〜」なんてやるんでしょ?ずるい〜、ずるいですよ。わあ、凄い形相。怖い。怖いです。勘弁してください。あああああああああああ。ああっ!あ。

おわり

(C) 2004/4/16 Oretachi Jp

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