QPさんへのメッセージ
たくさんお便りを頂きました。有難うございます。

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QP記念館の係
投稿有難うございます。出来るだけ個人情報は公開しないように気をつけておりますが、万が一不具合があれば、訂正しますので、ご連絡ください。また、HNがあれば、ご指示ください。
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 ご焼香 2004/08/05 (木)
katombowさんとkenmochiさんへは、直接きりんさんから連絡して頂くようにお願いしました。(セキュリティの関係です。ご了承ください。)

QP記念館
 こんにちは。 2004/08/05 (木) 15:01
きりんさん、katombowさんが伺うときに私もご一緒させてください。
ばらばらと行くよりも良いですよね。
ミラリオに住んでいた頃、一度きりんさんが出張で不在の時に伺ったことがありますが、きれいな街だったことを覚えている程度で。。。。

日程が決まりましたら教えてください。

kenmochi


 re:ご焼香に 2004/08/04 (水) 1:21
QPさんから、GET した、おいしいもの情報、結構あるのではないでしょうか?

>もし納骨なさる前にお時間がありましたら、

QPさん月ですし、是非、来ていただければと思います。
QPさんも喜ぶと思いますよ。

8月終わりごろの週末とのことでOKですが、月末から9月中にかけて、2週くらい、土日びっしり仕事が入る可能性があり、その時は申し訳ないですが、おもてなしは難しいと思いますので、ご了承下さい。

14,15あたりですと大丈夫かと思いますが、お盆で帰省とかですかね?
(私はお盆休みありませんが)
もしくは21日くらいであれば大丈夫かもしれません。

何かありましたら、QP記念館経由でメール下さい。

きりん
天国のQPさんへ 2004/08/03 (火) 23:25
きりんさん、こんばんは。QPさん忘れていないよ、と言うために、時々こっそりお邪魔しています。もう半年経つんですね。QPさんに教えていただいた人形町の美味しいもの、まだお豆腐屋さんと魚久にしか行っていません。今度「燕慶園のお得な上海蟹」なるものを食さねば。
獅子座のQPさん、夏はお得意だったのかな。ベイタウン主婦の英語勉強会も始めましたよ。QPさんが時々参加してくれたら、どんなにか愉快だったでしょうに。カルフールからの帰りにはタワーを見上げ、なぜか「おーい」と呼びかけてしまいます。

きりんさんにお願い:もし納骨なさる前にお時間がありましたら、どうかご焼香に伺わせていただけませんか。8月後半、週末の数時間を設定して下さるとうれしく思います。ここをご覧の知り合いの方々も私同様、そっとお訪ねしたいのではないかしら。まったくの提案ですが。

katombow



 QPさんは、お盆の人でした。 2004/08/03 (火) 1:48

こんにちわ。
今年の夏は、いつもに増して猛暑のような気がします。
もうすぐQPさんの誕生日 16日がやってきます。
いつもこう、言っていました。

”私の誕生日を境に、ぐっと涼しくなるんだよね!”

QPさんの誕生日と、お盆がちょうど重なっているのも、何かの縁なのかな?

そのへんで、ふわふわと遊んでいるQPさんも(?)
盆にはちゃんと帰ってくるでしょう。
うわさによると、たまに熱海に行っているみたいです。

あ、ちゃんとお盆の準備をしないとね。
でも。おはぎとか、あんな甘ったるいもの大嫌いでしたから。お供えしたら怒られるかも。

7月の最終日に、お墓ができ上がりました、と連絡頂きました。
お盆が終わり、9月になったら納骨しようと思います。

きりん
 暑い夏ですね 2004/08/02(月)

また夏がやってきました。
もうすぐお盆ですね。
QPさんはちゃんと旦那さんのところに迷わずに帰ってこれるかな?

そうそう、先日、仕事で行徳に行ってきましたよ。
時間が無かったので、QPの大好きだったジャルディーノで食事することは出来なかったけど、店の前まで行って写真を撮ってきたので、いずれどこかのページに掲載しますね。

Zaki

 何かあったらヨロシク・・・ 2004/06/18 (金) 7:26

5・28付けのMasamiXさんの投稿の中に

> もう「またね」とか「今度ね」は辞めようね。

という一行がありました。同感です。
仕事での付き合いの中にも「何かあったらヨロシク・・・」という結び言葉で終わる場面を山ほど経験してきました。そして、そのほとんどが次などに繋がらないものでした。

同じように「時間がなくて連絡できなかった」という言い訳もよく聞きました。
へそ曲がりの私は思うのでした。
連絡「できない」ほど忙しい人などいるわけがない。いるとしたら突発的な事故に遭ったか、警察にでも緊急逮捕された場合ぐらいしかないかなと・・・。
要は、あなたに連絡することよりももっと優先すべきことがあったので連絡「しませんでした」が正しいのではと屁理屈を言いたくなってしまいます。

QPさんへのメッセージの場なのに何をグダグダ言っているのか!
一にも二にもMasamiXの言葉に同感なんです。
会いたい時や会おうと思った時は、先延ばししないで具体的に日時を決めて早く成立したスケジュールとして自分の生活の中に組み込みましょう。
でないと、後悔することもあるということですよね。

今回のMasamiXの投稿読んで、自分から「会おうよ」とはちょっと言いづらい?
(照れなのか)仲間たちにも連絡とってみようという気持ちになりました。
感謝。

宮崎
 みなさまにお礼を 2004/06/01 (火) 0:47

QPさんの飲み友達、旧友、顔なじみ、その他たくさんの方からの、QPさんへの手紙、ありがとうございます。
このあたりで、一度お礼申し上げます。

写真を、ふと見ると、まだ近くにいるような気がして、とても複雑な気持ちです。
今ごろになって、やっとQPさんの服をクリーニングに出したり出来るようになりました。

昼間つらいことがあっても、QPさんに線香を上げ、話しかけると勇気づけられ、また頑張ろうという気になります。
何かあっても、QPさんがた助けてくれる気がして、色々挑戦してみようという気にもなります。

そのうち、また、QPさんを囲む会ができたらと思います。

きりん
 QPさんのお墓 2004/5/31

QPさんのお墓の場所をご案内します。
ベイタウンからはちょっと遠いけど、機会があったら、寄ってあげてください。
★☆★ 住所と地図はこちらです ★☆★
(まだ納骨が済んでませんので、改めてお知らせします。)

QP記念館
 「はろはろ」で始まり、「でわでわ」で終わるメール 2004/05/28 (金)

「はろはろ」で始まり、「でわでわ」で終わるメール。
もうこないんだね。

昨年の10月に「体調が良いから食事しようね」という彼女のメールに「11月で良いかな?」と無神経にも返事をした私。
いい年をして国家試験を受験する私にはそう返事することしかできなかった。
今から思えば「後悔」なんて単語で片付けられるようなものじゃない。

小学5年生のとき、姉妹のようであり親友であった1歳年上の従姉が亡くなった。
最後にあったときに従姉は既に病の床にあり、子供だった私は病気の重さも命の時間も知らされていなかったため「じゃあね、またね」と。

その後、2度と会うことはなかった。
今回も、である。
見覚えのあるメールアドレスから知らされた訃報に一瞬、周りの景色が色を失った。
「命に別状はない」というあのメールは嘘だったの?それとも心配させないため?

もう「またね」とか「今度ね」は辞めようね。
そして半年後、1年後の人生を考えるとき、もう少し前向きに考えることにしよう。
ありがとう、また元気に頑張れるよ。

ということで、思い出は山ほどあってメールにしたためようと思いましたが、きりがないので今回はやめておきます。
このHPを見つけて少しだけ何かが判ったような気がします。
私は信越ポリマー時代の友人ですが、お互いポリマーを辞めてからも食事(お酒)や占いなどでお付き合いがありました。

訃報を聞いてから数日経った頃、おかしなことに気づきました。
我が家のベランダには「幸せを呼ぶワイルドストロベリー」が何鉢かあるのですが、赤く色づいた実がポツリポツリなくなっていくんです。

最初は鳥のしわざかと思っていましたが、ヘタだけ残してなくなっているのが鳥らしくなくて…
もしかしたら天国からやってきているのではないかと。

それに確かにタイ料理とか辛いものも好きですが最近私自身少々驚くことが…
カレーが無性に食べたくなることは以前にもよくあったのですが、最近は週に何度となくランチにカレーを食べています。
オフィスの近くに東京国際フォーラムがあり、お昼時になると屋台が姿を現すのですが、アジアンボックスでは必ずカレーをチョイスし、あるときはタイカレーまたあるときはベトナムカレー。

周囲から「またカレーなの?」と驚かれています。
また、やや(かなりかも)高級な中華レストランでランチしたときも「当店のマーボー豆腐はやや辛めのお味付けとなっておりますが大丈夫でしょうか?」と出されたものは赤唐辛子と青唐辛子の素揚げが大量に入ったものでした。

こんなのを平気で食べているんです。
お昼時になると誰かさんがやってきているのでは、と思ってしまいます。

お願いがあるのですが、誕生日頃(お盆に当たるとおもうのでその前後が良いのでは?)に偲ぶ会のようなものを企画していただけませんか?

突然であり、また「友人知人にはあとで知らせて」という本人の希望だったこともあり、通夜や告別式に出席できなかった人も多かったのではないでしょうか(私もその一人ですが)。

私も8月には試験が終わり、時間に余裕ができるので、一度結婚式のときの晴れやかな笑顔に会いにいきますね。

MasamiX

 きりんさんが旅行記を寄稿してくれました。 2004/4/24(土)

QPさんと挙式のためのシンガポー旅行記です。
ベイタウン 旅行倶楽部

 QPさんの友人(ライター仲間)からの手紙 2004/4/24 (土)

俺達のホームページのザキです。
先日、きりんさんと宮崎さんとミラマールのカフェで、ご一緒させて頂きました。
まだきりんさんは保険のことやら、お墓のことなどで忙しい日々を送っているようです。
そして、1通の手紙を私に差し出しました。
表題の通り、仕事仲間からの手紙でした。

きりんさんが、QPの人柄を語っている内容なので、是非記念館で公開してほしいということなので、早速掲載しました。皆様、お時間のある時にでも読んでいただければ幸いです。

★★ここに掲載しました。★★

ザキ
冬のソナタ 2004/04/18 (日) 20:33

史上空前?の韓国ドラマ・ブーム。『冬のソナタ』から一連のこのブームをQPさんはどう思っているのかなぁ・・・なんて考えてしまいます。韓国語にも興味を持っておられたようなので、ドラマの見方も少し違っていたかも。
NHK教育テレビの「アンニョンハシムニカ(韓国語講座と限定するといろいろ問題あるらしいので、こういう名称になったとか)」のテキストは完全売り切れだったとのこと。
これらの現象も含めて、いろいろお話してみたかったです。

宮崎

 お彼岸 投稿者:きりん  投稿日: 3月22日(月)03時48分

土曜日はお彼岸でしたね。
お昼に銀座のつばめグリルでハンバーグを食べたあと、すぐ前にある仏壇屋になんとなくふらっと入って、
それでもって、いいじゃないのと、QPさんの仏壇を購入しました。
洋風で細かい意匠が気に入り、こういうものは一生ものだからぇ、と思いやっぱり良いものをと。

QPさんに、店入れと背中を押されたような気がして。
お店の方も大変良い人で、お彼岸価格と値引きしていただきました。
BBS:言いたい放題より

 re:フジ子・ヘミング 投稿者:きりん  投稿日: 3月11日(木)20時00分

ザキさんお久しぶりです。
フジ子さんといえば、彼女は演奏会の時必ずブローチをつけているのですが、
7番街にある アトリエソムニ さんで、なんか知り合いだとかで、ブローチをつくってあげているという話しを2年くらい前に聞きました。
その同じブローチを売っていました。
QPさんとはたまに行き、その話しをしたりしていました。
ソムニさんに行けば、もっとお話し聞けるかもしれませんよ。

フジ子さんは楽譜通りに弾くことは無く、彼女の魂が曲にのりうつって独特の演奏をしています。

QPさんもその系統で、逆に音大受験というものは全く楽譜とおりの味気ない演奏でないとダメだということで、受験を断念したそうです。日本の音楽教育はなってないって言っていました。
フジ子さんが世に出たとき、私しのしてきたことは、間違っていなかったんだ!とやっと納得できたそうです。
その後ですよ、家で良くピアノを弾くようになったのは。
BBS:言いたい放題より

 フジ子・ヘミング 投稿者:ザキ  投稿日: 3月11日(木)05時27分

一昨夜、NHKのトーク番組でフジ子ヘミングを見ました。
クラシックにはまったく疎く、そんな凄い遍歴の持ち主だと知りませんでしたが、さすがQPさんが好きなわけだとひとり納得しておりました。(きりんさん、当BBSではお久しぶりです。)
http://www.jvcmusic.co.jp/fujiko/profile/index.html

BBS:言いたい放題より

 久しぶりです 投稿者:きりん  投稿日: 3月10日(水)20時25分

こんばんわ。
フーデックスがメッセで始まりましたね。
QPさんが居たら、喜んで行ったことでしょう。
金曜日、時間があったら、代わりに行ってこようと思っています。
現在は、QPさん亡き後の諸々の手続きを、進めているところです。
QP記念館に書きこみをして頂いた方々、ありがとうございます。
BBS:言いたい放題より

 お墓が決まったようです 2004/03/10 (水) 1:52

QP記念館の管理人です。
宮崎さんほかが心配されていたお墓が決まったようです。
故郷の熱海から遠くなってしまいますが、愛する旦那さんの故郷の近くです。

 ------ mail ------
 来週はQPさんの七七回忌で、身内でとり行います。
 昨日やっとQPさんの戒名の入った位牌を備えました。
 お墓も利根川の方に決定しました。
 ------------------
上は、「きりんさん → つるたさん」 へのメールの文中からの情報です。
 遺稿 2004/03/10 (水) 0:58

今週金曜日に病院の方へ出向く用事があり、その時にQPさんが書き残したものを 先生や看護師さんへ手渡すため、MACで編集しているところです。
時間があまり無いので、ざっとしか出来ないのですけれど。

先生たちも、QPさんがもの書きだという事を知っていたので、
話をするのを、いつも楽しみにしていました。

きりん
 re:QP記念館・・病室にて 投稿者:ザキ  3月 9日(火)21時46分9秒

さいとうさん、お久しぶりです。

>これ、かなりの名作ではないでしょうか。

ですよね。
「熱海」や「長浜」で書かれている彼女の育った環境や境遇などは、私が今まで知り得なかった世界です。決して長文ではないのですが、彼女が生まれるずっと前の熱海の景色から、そこで育ってきた彼女の生き様をダイジェスト版の映像で見ているような気分になります。
 QP記念館・・病室にて 投稿者:さいとう   3月 9日(火)18時39分39秒

ご無沙汰しております。
久しぶりに(といっても、ちょくちょく見てます)
記念館をみてみたところ、新しいコンテンツが
追加になったのですね。
 「病室にて」
QPさんの遺稿を綴った文集になってまして、
これ、かなりの名作ではないでしょうか。
遺稿を集めて、出版とかできないのかなぁって、
真剣に思ってしまいました。

BBS:言いたい放題より
 「みのちゃんが来たよ」 2004/03/06 (土) 20:44
(注:みのちゃん=QPさん)

「みのちゃんが来たよ」
と娘が言った。
夜眠っていたとき冷たかった手足が急に暖かくなったそうだ。
みのちゃんのオーラだったと。
みのちゃんは暖かい光となっていつも気にかけていた姪っ子の所に遊びにきたのかもしれない。

亡くなった母にも霊感があった。
自分では無信仰だと公言していたが、母の夢は良く現実になった。
忘れられないエピソードがある。
当時我が家は旅館を改造してアパートにしていた。
3階に住んでいたのが通称おかまさんだった。
おかまさんは熱海では有名なのりへいというおかまバーのうれっこで
いつも強い香水をぷんぷんさせていた。
おせじにも美しいとはいえなかったが話がたいそう面白く母と良く大笑いしていたものだった。
そのおかまさんが大腸ガンになった。
匂いをごまかすため香水はますますきつくなり他の住人から気分が悪くなると苦情がでた。
ある晩母はおかまさんの夢を見た。
夢の中のおかまさんはたいそうかなしそうだったという。

布団の中で冷たくなっていたおかまさんを見つけた時、私たちはおかまさんが母にしらせたくて出てきたのだとうわさした。
みのちゃんの占い好きもそんな母の影響かもしれない。
ヒーラーに見てもらったこともある。
その時35,6で大病をするがガンではない。
時間がかかるが必ず治る。といわれた。
辛い闘病生活の中で彼女を支えたのはこの言葉だったと思う。確かにガンではなかったが。
母も66歳で大病するが老後はすごくいい。と言われたとよくいっていた。
66歳と36歳。二人とも逝ってしまった。

娘に言わせると我が家に現れるのは母と私の祖父らしい。
母は心配そうに泣いている私を見ていたそうだ。
もちろん一瞬見えるだけだから真偽のほどはわからないがむこうの世界に逝ってしまった家族が見守ってくれるのは有り難いことである。
霊感などまったくない私であるが美しい光になったみのちゃんが我々の所にも遊びにきてくれるといいなと思っている。

( QPの姉です )

 お知らせ(追加の件) 2004/3/5 (金) 17:11

遅くなりましたが、QPさんが病室でしたためた詩集をアップしました。詩集であり、闘病記であり、また今となっては遺書のようなものです。病気を患ってから、お友達へのメールには「早く良くなって、うまいもの食べたい。」などと書かれていたようですが、これらの文章を読む限りは、迫り来る自分の「死」を必死で否定しているかのようです。
その一方で、「キラキラ光る心の財産がいっぱいあるから、それほど悪い人生ではなかっと思う・・・」とも記してあります。
● 病室にて ←クリック

QP記念館

 お知らせ(写真館の追加の件) 2004/3/3 (水) 0:36

先日2月29日にきりん邸へ取材に行きまして、また新たにQPのゆかりの品を写真に収めてきました。早速ご紹介します。
● QP写真館(その2)←こちらをご覧ください。

QP記念館より

 お備え 2004/02/27 (金) 1:36

今日はQPさんの好物カレーを作り お備えしました。
昨日はパスタを作ったのですが、QPさんにいたづらされて、お腹に火傷しました、水ぶくれ。イタイタです。

あ、それから、お墓の私の実家近くの利根川沿いにいいところがあるらしく、候補に上がっています。
そのあたりはまた後ほど。

きりん

 re:戒名が決まりました。 2004/02/23 (月) 01:36

きりんさん、ご連絡有難うございます。
QPさんの戒名、ステキです。
きっと、QPさんも喜んでいることでしょう。

QP記念館 管理人


 お知らせ 2004/02/23 (月) 21:15

きりんです。
昨日QPのお宝箱を覗いてみたら、小さい時に頂いた賞状などたくさん出てきました。

で、今日QPさんの戒名がきまりました。

海 音 実 明 大 姉
かいおんじつみょうだいし

です。
海が好きで音楽を愛し、明るくて実りあるという、
いい名前です。

彼女のお姉さんが、みなさんによろしく、と言っていました。
ではまた。


 遅くなりました 2004/02/23 (月) 01:12

QPさんには一度お目にかかっただけです。
くるくる回る目と、はにかむ口もと。
明るく、仕事熱心な方だという印象でした。

QPさんが亡くなったというニュースはつい先日知った次第です。
信じられませんでした。

生あるものはやがて老い、病に倒れ、そして死す。
多かれ少なかれ、誰でも死を迎える。
しかしQPさんはあまりにも若かった。
三十六年を風のように走り抜け昇天した。
どうぞ安らかに眠ってください。
そしてわたしたち地上に生きる者を暖かく見守ってください。

SORA
 天国のQPさんへ 2004/02/22 (日) 23:24

QP記念館を拝見しました。
QPを愛するたくさん人たちがQPを偲んで書いてくれているのですね。
幸せ者だよ、QPは。
こんなに愛されて死んだんだもの。
でもねえ、悔しかったろうね。
こんなに若くして、しかも志半ばで死ぬなんて、絶対に悔しいよね。
やりたいこと、いっぱいあったよね。
本も書きたかったし、こどもだって欲しかったよね。
旅行だって、ばんばん行きたかったはず。
もっと、もっと、楽しいことたくさんやってから、それでお婆ちゃんになってから、ぽっくり死にたかったんじゃないの。
お婆ちゃんになったQPも見たかったよ。

病気のこと、どういうふうにあなたは受け止めたのかなあ。
「あたしゃ平気だよ」と、本気で思ってたなんて、信じないよ。
きっと、死が少しずつ近づいてくるのをあなたは知っていたはず。
迫り来る死に対して、怖くて、怖くて、仕方なかったんじゃない。
だから、一生懸命だった。
残された時間を一生懸命生きたんだよね。
旦那さんにも当たったこともあったでしょう。
でも、最期に旦那さんに有難うって言ったんだよね。
偉いぞ、QP。
まだ、言い残したこと、やり残したこと、いっぱい、いっぱいあると思うけど、私たちが、たくさん、たくさん、QPのことを語ってゆくからね。
QPはゆっくりお休みください。

匿名の友人より
 
 御挨拶が遅れましたが 2004/02/18 (水) 14:53

QP記念館拝見しました。
お葬式からまだ少ししかたっていないというのに本当にたくさんの方々からお悔やみや励ましのお言葉をいただき心から感謝しています。
あ、御挨拶が遅れましたがQPの姉です。
お葬式では思いもよらずたくさんのおともだちからQPの武勇伝を教えていただき、苦笑するやら、うれしいやら。
「友達は男ばっかりだよー。みんなでへべれけになるまで飲みあかしてるの」
きりんはそんなとき寝ないでまってるんだぜ!うっとうしいとおもわない!」
そういいながらも目はうれしそう。
豪快なQPの生前の姿からは思いもよらないだろうが私の思いでのみのりちゃんはいつもめそめそ泣いていたひっこみじあんの女の子。
9歳と7歳違いの姉に「ぺけ」とか「しっぽな」とかよばれてむくれていた
風邪をひけばすぐぜんそくをおこす。記憶のなかの彼女はなぜかいつもぜーぜーくるしそう。
この前我が家にきたときにしみじみ語っていたが中学高校と門限は5時で母が嫌な顔をするので友達と遊びに行くことさえもしたことがなかったらしい。
なんともはや。
父親がなくなったのはみのりが小学5年生の時。
我われ姉はもう独立して家を出ていたから彼女は悲しむ母の為に
ひたすら良い子を演じ続けなければならなかったんだろう。
小学校では生徒会にぞくし、そろばんは先生の助手まで務めた。
ピアノの腕前はいうまでもないが。
あんまり知られていないことだけど、母の監視がきびしかったので
独立してからはピアノを弾くのが嫌になったことがあったらしい。
毎日何時間もピアノのレッスンにつきあっていた母を覚えている。
そうだ、いつも妹は母の評価を気にしていた。
7年前に亡くなった後は姉に母の代わりをもとめた。
「運命線がくっきりでてきたんだよ。きりんより稼ぎがあるんだから」
いつも妹は強気で勝ち気だった。
そして、無意識に母に反抗していた。
服装に無頓着なのもしかり、わざと下品なふるまいをするのもそうだ。
母は娘達が品があるといわれるのを一番喜んでいた。
今頃天国で母にしかられているかもしれない。
姉妹の中で一番愛され才能のある妹はもういない。
一緒にハワイや韓国にも行った。
「お姉ちゃんどこの国にいきたい?
「イギリス」
そういうと次の旅行にはイギリスに行った。
「お姉ちゃん何処の国がすき?
「ハワイ」
そういうといつのまにか好きな国はハワイと書いてあった。
本当はバリが好きなんだよね。
わがやでは負けず嫌いのみのりちゃんだった。
会えばいつも楽しい話をたくさんしてくれた。
けんかもたくさんした。
姉妹を亡くすというは自分の一部を亡くしたように感じる。
楽しい話を書きたいと思っても涙があふれる。
それは日常の些細な場面にも急に発作の」ように襲ってきて、
あわてて家族に気づかれないように涙をかくす。
まだ3週間もたっていないんだよね。
QP記念館を創ってくださってほんとうにありがとうございます。
また、QPのエピソードおくります。きりんちゃんをこれからもよろしく
お願いします。

( QPの姉です )
 天国のQPさんへ 2004/02/18 (水) 0:36

皆でホームページ見ました。
きりんさん、
きりんさん今日はねずみの日?
これがなにかなと気になる、明日は何の日だろう。
QPさんへ、
早くきりんさんを安心させてあげてください。
ではまよね〜ず。

sesame
 早いものでもう2週間経ってしまいました。 2004/02/15 (木) 8:21
QPさんが亡くなってからもう2週間です。
早いようであり、しかし、空虚の2週間でもありました。

天国の居心地はどうですか?
QPさんのことだから、食べ物にあれこれ文句を言ってることかと思います。
もし、もっとウマイものが食べたいときには、どうぞ戻ってきてくださいね。
たぶん、うまいカレーは天国にないでしょうから。
もっともっと、遊びたかったけど、もしよかっらた天国のレポートでも送ってください。
それから、こんなに多くの書き込みがありました。
見てくれてますか?
書き込み、待ってるよ!
いずれは誰もが天国に行くのだけど、行きつけの店でも作っておいてね。
その節はお世話になりますんで、ボトルキープしておいてね。
また飲もうぜ!

俺達のホームページ一同
もっとお話すれば良かった 2004/02/12 (木) 6:41
旅行指南?を読みました。ますます生前にもっとお話すれば良かったと悔やんでなりません。大きな機会があったのに・・・。

犬の話で恐縮ですが、ウチは愛犬を生後79日であちらに送りました。本来命日なのですが、私のところはあちらでの誕生日としております。あちらに行きますと年齢は関係なく皆いっしょになるらしいです。楽しいことばかりなのでしょう、
誰も戻ってきませんものね。

お墓探し、かなり大変でしょうが頑張って下さい。

宮崎

 どうぞ安らかに・・・ 2004/02/11 (水) 13:15
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
訃報に際し言葉もありません。QPさんには私どものネパールレストラン・ジャイネパールをたいへんご贔屓頂きました。公私ともにかけがえの無い人でした。都合により告別式に伺うことがかないませんでしたことお許しください。

(有)ナムチェバザール 代表取締役 玉置 順
本日帰国しました。 2004/02/10 (火) 0:33

訃報はロンドンで知りました。
日本で留守番をしている娘から国際電話の突然の不幸の知らせ。
耳を疑いました。
「まさか、あのQPさんが。。。」
嘘。。。これは夢。
きっと連日の仕事の疲れと旅の緊張で夢を見ているのだ。
その後、自宅PCのメールをWebサーバに転送していた私はネットカフェへ立ち寄り、まくはりん有志の訃報メールを確認しました。
こんな時に遠い異国にいる自分が情けないやら悲しいやら
カフェの窓からねずみ色の空をぼんやりと眺めていました。

働く女性としていつも前向きな彼女を目標にしていました。
掲示板で見るカラッとした気持ちのいい本音の書き込みに
「ふふっ、彼女らしいな。かっこいいぞ!」といつも元気を分けてもらっていました。
仕事帰りに京葉線の窓から見えるベイタウンの灯りを見てはあそこに「大切なまくはりんの仲間がいる。」と励まされていました。

私も3年前、胆石の手術を受け退院してから彼女へメールで知らせたところ
「何で入院中に知らせてくれなかったの?お見舞いに行ったのに!」と言われました。
当時、親しくしていた友人が忙しさを理由に一度もお見舞いに来てくれず、少しばかり情けない気持ちになっていました。
QPさんとは決して深いお付き合いをしていた訳ではありませんが、この優しい言葉に本物の温かさを感じました。
彼女はそんな人です。

彼女の入院は全く知らず、
病と闘う辛さ、苦しさ、悔しさ、ほんの少しでも励まして力になってあげられなかった自分が今は悔しくてたまりません。

QP記念館には今にもケラケラとした笑い声が聞こえそうな幸福な彼女の笑顔がありました。
吹雪の降るロンドンでは気丈に歩いていた私でしたが、
今こうしてQPさんの笑顔と皆さんの書き込みを見たら涙がわっと溢れて止まらなくなりました。
キラキラ光る貴女の笑顔をこれからも見せて下さい。

慎んでご冥福をお祈り致します。

ちろる
天国のQPさんへ 2004/02/09 (月) 21:22

QPへ。

とにかく休んで下さい。
今までのあなたは、仕事しすぎです。
だから、ゆっくりしてください。

きりんさん、ここで気合い入れないと。
きりんさん自身が、ここでやれることをやりましょう。

同期だし、趣味も近いし。だから仲良くできたんですよね。たぶん。
(思いこみもあります)

今はこれしか言えません。では。

shun
天国のQPさんへ 2004/02/07 (土) 11:52

QPちゃん、天国でご両親に会えましたか?

私とQPちゃんの出会いは幕張MLでしたね。
MLにQPちゃんが「ワイン講座、誰か一緒にいかない?」
って内容のメールを投稿し、私が「行きたいっ」メールを出した。
あれは確か2000年の秋、ワインも楽しみだったけど
「生QPちゃんに会える」…そっちの方が何倍も楽しみだったの。
初めて会ったQPちゃんは満面の笑みで私を迎えてくれましたね。

それから後はワイン、次もワイン…いつもワイン(笑)
そして、いっつも満面の笑顔。

そんなQPちゃんが、ワイン以外のメールをくれたことがありました。
ユーミンのCD「PEARL PIERCE」を貸してあげた時のこと。

パールピアス、ありがとう〜!
今さっきポスティングしてきましたーーーっ!
(#ポスト開けるとき、飛び出るかもしれない。)^^;;
約15年ぶりにじっくり聴いたんだけど、良かったわぁ。
あれは、まさに名盤!
「ランチタイム・・」の詞の美しさから
「フォーカス」につながる
イントロも素晴らしいし、「夕涼み」の心地よさ。

そしてQPにとってのクライマックスは「消息」!
これは泣けるね〜〜っ!!初めて聴いた高校生だった頃も涙したもんだけど、大人になってまた違う想いにひたってしまった。
「愛して、愛していることを〜♪」のサビはたまりましぇーーん。
もう、これこれこれよっ!っと自分の膝をポンポン叩いてしまった。
ハイ、「消息」だけ合計8回も聞いてしまった。
この頃のユーミンの感性はたまらんねーー。
私は「パールピアス」のコンサートを沼津市民会館に高校の制服姿で行ったのを誇りにしております。ホンマ、ええ想い出。

(2001.8.13)

すごい。こんな風にユーミンを語れるなんて。言葉に出来るなんて。
私はこのメールにただただ共感。
それからはワインだけでなく、ユーミンの話もするようになりました。

人間は二度死ぬ、と言いますね。一つは肉体の死。
もうひとつは誰もその人を語らなくなった時だそうです。
こんな素敵な記念館ができたら、二度目はないぞ〜っ。
QPちゃん、さよならは言わないよ。
「QP記念館」に毎朝おはようを言いにゆく。

きりんちゃん、どんな顔してる?
今度QPちゃんが好きだったメルロとパールピアス持って襲撃するよん。

@ちょこび
大好きなQPへ 2004/02/07 (土) 11:28

通夜、告別式とお別れをしたのに、それでもあなたがもうこの世にいないなんて信じられません。

ちょっとした事がきっかけでメールのやりとりが始まり、お互いの共通項を認識しあってからは、様々に語り合いましたね。

あなたはいつも明快に意見を述べ、逃げる事はなかった。
物書きという事もあってか、好奇心が強く情報に敏感だった。
両親を亡くされた痛手を抱え、繊細で傷つきやすい一面も持っていたけれど、だからこそ人には優しくとても気を使う人だった。
あなたの言葉にどれほど勇気づけられ、慰められたことか。
そして最後には、いつも暖かいユーモアで包んでくれた。

そんなあなたらしい告別式でした。

厳しく音楽教育を受けたあなたがこよなく愛したショパンの「別れの歌」がお別れの曲となりました。

流されたビデオは家族と共に過ごした子供時代から青春時代、
そして結婚式の輝くように幸せなお二人の姿。飛び切りの笑顔。
「私は幸せだったよ。ありがとう。ありがとう。」というあなたの声が聞こえるようでした。

「悔いのない人生だった」と書き残したあなた。

本当はどんなに生きたかったろう。悔しかったろう。
悲喜こもごもの充実した濃厚な人生を送ったことは想像に難くありませんが、それでも、いえそれだからこそ、人生をこよなく愛していたに違いないのです。

でも残された人の悲しみを人一倍知っているあなただからこそ、
自分の為というより私達の為に、そして最愛のきりんさんの為に残してくれた言葉だと、私は思っています。

自分自身の運命を受け止め、きっと幾度も幾度も少しでも周りを悲しませないように思いを重ねていたことでしょう。

そのあなたの思いをきりんさんが一生懸命守り伝えようとしたことが、ひしひしと伝わってきました。

あなたの潔く誇り高い、そして慈愛に満ちた生き方。
亡くなる時にも、それは貫かれていました。

そのことが私の涙をとまらなくさせます。

でも、あなたの思いやりを受け止めなければなりません。
いつもでも沈み込んでいたら、きっとあなたは言うでしょう。

「いやぁ〜こっちも結構面白いよ。いろんな人がいてさ。
QPは元々羽が付いてるから楽しく飛び回ってるよ♪
泣くなよっ! 皆で楽しく飲んで騒いでね。
QPも参加してるかもよっ(*^_^*)」

以前、亡くなった人達への思いを語り合った時、誰もが忘れ去ってしまうという「第二の死」が訪れる事のないように、その人を思い続け、語り続けることで供養していこうと話し合いましたね。

だから、これからも私はあなたに語りかけ、語り続けていくつもりです。
もっともあなたが忘れ去られる心配はなさそうですけど。

10月の末に食事をご一緒したのが、最後になりました。
その時の様子に気がかりな事がたくさんあったのに、日常の会話に終始してしまってとても悔やまれます。
もっと話さなければいけない事があったのにね。
「ごめんね」

酒と薬の相性が悪いと言いながら、1杯だけ美味しそうにシャンパンを飲んでいたあなた。
もう制限はないのですから、これからも時々一緒にシャンパンを飲みましょう。

大好きなQPへ

PS.
あなたの好きな佐藤愛子さんの本を読んで、私は久しぶりに笑いました。愛子さんはあなたを彷彿とさせる人柄のよう。
 これもあなたからのプレゼントなのかな?
今までほんとにありがとう。そしてこれからもよろしく。

上記は告別式のあとに記したものから抜粋しました。
本当は人様にお見せするような文章ではないのですが、
QPの人柄をお伝えする為に、思い切って送信します。
QPを語る、このように心のこもった場を提供してくれて
ありがとうございます。

jizo
2004/02/06 (金) 14:00
WBGイーストの本田です。
QPさん、覚えてるかな?まくはりんのオフ会で一緒に飲んだこと。
すっごい明るくって、気さくで、親しみやすくって、
「いいなぁ、こういう人」ってすっごく羨ましく思ってた。
その後も「会いましょう」と言いながら、都合があわず、
そのままになってしまってて・・・。
気がかりではあったんですよ。すっごい後悔。

まくはりんのメールで訃報を知ってすっごく驚きました。
でも、なんかあそこで追悼メール書くのは何か気が引けて、
でも、なんか思い引きずってて、どうしよっかな、と思ってて
泣けるような泣けないような、感情がうまく動かなくって。
でも、こんな素敵な場所があったんだね。
いいな、淋しくないね、あ、でもやっぱり淋しいな。
もっと会って、おしゃべりしたかったです。
天国のQPさんへ 2004/02/05 (木) 23:57

こんばんは

本当にお久しぶりです。
以前、一緒にオフ会で遊んでから本当にもう一度遊びたいとずっと思っていました。

明るくて、楽しくて、QPさんの事私大好きでした。
道で会っても、いつも楽しく話をしましたね。

うちの子ども二人も
「QPさんと会ったよ〜」
「きりんさんがバスに乗っていたんだあ。」
なんて、私によく話しをしていて、周りの人はびっくりした顔で私達を見ていました。。。

QPさんが去年の夏から体調を崩していたなんてまったく知りもしないで、本当にごめんなさい。
知っていたら、会いにいけたのに。。。。

もう一度会って、QPさんとお話がしたいです。
話したい事が沢山、沢山あります。

もし、きりんさんの御宅のベランダにQPさんが舞い降りたら知らせてくださいね。
Jが、話をしたがっていたよって。


2004/02/04 (水) 21:51

QP姉貴には、
本当に励まされた。大酒も飲んだ。旅行の話、下品な話、いろんな話をした。旨い料理も食べさせてもらった。
豪快な笑いだけど 結構女らしいんだよねっ。
今でも思い出すだけで 悲しくて悲しくてしょうがない。



貴重に保存してあるメール(昨年夏)から 一部抜粋
---
こんにちわ。
ようやく先週末に退院し、昨日FTに挨拶&ギャラを受け取りにいき、少しづつ社会復帰のQPです。

私は大変な病院嫌いで、10年も健康診断を受けていなかったんだけど、そのツケが今まわってきたかんじ。
凹むことも結構多くて、人生というのはいろんなときがあって、つくづくロング&ワインディングロードだな〜と、感じちゃったよ。

私も若い頃は男尊女卑な不動産会社の営業をしたり(10ケ月で辞めた)、おじさんばっかりの上場企業の広報(これは5年も続いた)、夜にピアノ弾き&水商売のバイト(意外に向いてた(笑))をしていた頃もあったな〜。
一人暮らしで生活かかってたから、貧乏もいっぱいしたっけ。
でも、だからこそ今、こうして仕事ができるのはありがたいなーと思う。
社会のハミ出しものは、ハミ出しものなりに道を見つけたってことでしょうか。

そろそろ暑くなりそうですね。
近いうちに一杯やりましょう!
おっと、ドクターストップはかかっていないので安心してね。

でわでわ。

まずは退院報告までに。

QP

---
(2004/2/4)
2004/02/04 (水) 18:16

お悔やみ申し上げます。

掲示板のほうにたまにだけ出没させていただいてます宮崎と申します。

QPさんとはほんの数回顔を合わせたことがあります。一昨年(2002年の秋頃)WBGの国際文化交流センター(名称不確か)で韓国語のレッスンがあってその席でご一緒させていただきました。と言っても私には方針とレベルが合わず4回ほどしか出席せずリタイアしてしまいましたが。
それがきっかけで私が保有していた韓国映画のビデオを3種ぐらいお貸ししたことがありました。そして私の稚拙なホームページの掲示板にも数度書き込みただいたこともありました。

最初、対面にてお話した印象は、ずいぶん人の目をしっかり見て話をする方だなぁというものでした。ちょっと不二家のペコちゃんのようで可愛らしい方でもありました。
今に思えば、韓国語のレッスンにもっと参加して、もっとお話しておけばと悔やまれます。何故、韓国語を習おうとしたのかもお尋ねしておきたかったです。

私の年齢になりますと(1953年生まれです)友人の親や著名人などの死亡ニュースが若い頃とはまったく違う風に受け止めるようになります。どこかに死を考えるようになるのかもしれません。
私の愚サイトもある日突然、更新もされず幽霊サイトになるのかなぁなどと考えたりもします。まだ未熟者ゆえ死を厳粛に受け止める用意もできていません。
しかし、QPさんのようにあまりにも若くしてお亡くなりになってしまうと、また更に死というものを考えるようになります。
この世に生を受けたものは死ぬために生まれてきた・・・と考えるのが一番楽なのかなぁなどと不遜なことを考えた時期もありました。お若い方の死を身近で知ってしまうとそんなことは言っていられないのかもしれません。
旅の恥はかき捨て・・・人生をも旅とするならば失敗もいいじゃないか。若い後輩達に偉そうに教えてきたこともありました。今でもそう思うところはありますが、これからは悔いなき人生を歩むための失敗と愚行での失敗をしっかり見極めるように自分にも他人にも付け加えることにします。

韓国のことわざに「シージャギ パニダ」というのがあって、始めれば半分達したのと同じという意味なのですが、私としては見切り発車としか思えず好きな言葉ではありませんでした。でも、始めたくても始められないQPさんを想うとこの言葉のように貪欲に始めることも大事ななのかもしれませんね。掲示板で訃報を知った時に何故かこの言葉を思い出してしまいました。とても不思議です。好きじゃない言葉なのに・・・。

長く書いているわりには支離滅裂ですね。読み直しをすると全て消してしまいそうなのでこのまま送信させていただきます。誤字脱字もあるかと思いますが、どうかお許し下さい。
そして、非力ですがこれを機にこの街のために何かお手伝いすることなどありましたら参加させていただきたく思います。

QPさんのご主人様、これから先のほうがお辛いかもしれません。どうかお気を落とさずにくれぐれもお体はご自愛くださいませ。濃縮した思い出をたっぷり隅から隅まで思い出してあげてください。

これにて失礼いたします。

宮崎

柴崎 2004/02/04 (水) 12:12

先日お焼香に伺った際に、お見かけしたのですがご挨拶もせずにすみませんでした。

QPさんの記念館を拝見しました。

突然の訃報は出先でしゅんさんからの電話で聞きました。
「最近話を聞かないな。幕張から引っ越したのかな」と思っていた矢先のことで、本当に驚きました。

太く短い彼女の36年の人生が本当に悔いのなかったものなのか、その辺の事は彼女しか分からないけれど、そこに確かに彼女が存在したのだなと思いました。

あまりに突然のことでただ呆然とするばかりで涙も出なかったのですが、柴崎さんの書かれた文章を読み、涙が止まりません。

彼女はもういないけど、だけど心に残る。そんな人でしたね。

ちょくちょく見せていただきます。今後とも宜しくお願いします。

シノッチ


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